昭和60年 筑豊(その3)

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土地の名前が呼びさまず時代の記憶というのはあると思う。

平成も30年経った今、筑豊という名前を聞いてもそれに何がしかの時代の風景が伴うことはない。実は今、自分の仕事で三池炭鉱の炭田跡を利用して二酸化炭素を地中に封じ込めるプロジェクトが行われているのだが、実務を担当している昭和末葉から平成初頭生まれの世代にとってそれはただ仕事をしている地名以上のものはないようだ。

しかし昭和という時代に成人を迎えた年代にとって三池や筑豊、特に筑豊という語感の言葉の響きとそれが想起する土地や時代の風景はは大げさに言えば近代の熱さを呼び覚ます独特の香りがあった、そんな風に思えてならない。

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ただそうは言っても、筑豊、というより国内炭が日本のエネルギー供給の主役だった時代は自分たちの世代にとっても記憶のない時代。総資本対総労働といわれたその三井三池の労働争議があったのは昭和35年、自分たちが生まれたのは昭和40年代初頭である。そして自分たちが時代の風景というものを我が事として意識できたのは昭和50年代以降、最後まで残った貝島炭鉱の閉山が昭和51年だから筑豊炭田の閉山はその狭間の10年間、すなわち昭和40年代である。生きていた時代ではあるが自分たちにとって流れていたその時代の記憶は断片的でしかない。

その意味で筑豊の光と影は現実世界ではなく歴史的事実の中の世界であったことも確かである。
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ただ断片的な記憶、いや記憶というより空気感、肌感覚といったものだろうか。ときおりそんなものが蘇ることがある。

それは幼いとはいえ同じ時代の空気を無意識に感じていたからなのだろう。その時代の大人たちの会話、テレビ番組、ニュース、知らず知らずのうちに流れてくる時代の息吹。昭和45年の日本人の平均年齢は30歳。平成が終わろうとする今のそれが46歳であるからなんとも若い。いや熱いというべきか。学生運動にしてもモーレツと形容された働きぶりにしてもその若さ、熱さが溢れるエネルギーとなってうねっていた時代、あらゆるところに人が溢れかえって、その人の波が生み出すエネルギーのすさまじさ。そんな熱気をあの時代を思い返すと幼いなりに感じていたのである。
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鉄道趣味の世界もそうである。

当時の雑誌を見るとSLブーム、消えゆく蒸気機関車特集花盛りであるが、紙面から立ち上る印象は愛惜よりも消えゆく蒸気機関車を求め各地を旅するエネルギッシュさである。あるいは蒸気機関車のもつむきだしのエネルギーの塊への憧憬か。そのエネルギーの原動力たる石炭を生み出していたのは石狩炭田を擁する北海道夕張と、ここ北九州の筑豊炭田であり三池炭鉱である。両地方とも昭和という時代には今とは比べ物にならない存在感があった。

交友社のSL No.5に載っていたD51 No.10のストーリー「筑豊の猛烈なめくじ健在なり」、月刊時代のプレス・アイゼンバーン「レイル」創刊号に掲載された牧野俊介さんの「貝島炭鉱撮影記」またこれは読み物でないけど、おなじくアイゼンバーン刊「とれいん」初期の模型コンテストで特選に選ばれた澤田節夫さんの三井三池のジーメンス電機。また実物の鉄路でも当時は筑豊本線にも寝台特急が走っていた。新大阪発のあかつきがそれである。

現実に走っていたこの列車も含めこれらで自分が見た風景は一つとしてない。しかし、掲載されている雑誌や書籍、時刻表といったものを繰り返し読みあるいは眺めている中で、昭和の筑豊という物語が少しづつ形成されていったのだった。

# by michikusajinsei | 2018-03-23 07:20 | 北九州 | Comments(0)

昭和60年 筑豊(その2)


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横浜は三寒四温というより寒の戻りという言葉の方がしっくりくるこの数日の天気、前の投稿ときは春の到来を予感して選んだがいささかそれは早かったか。ただ花に彩られる街の景色は間違いなく増えてきて、やはり春は間近であるようである。

さて、それはともかく花と鉄道、写真を撮っていたころその昨品作りを何回か試みたが中々難しかった。自分が鉄道写真を撮る動機は、やっぱり格好良く車輌を撮りたいという気持ちが一番。特に好きな車輌の時はその気持ちが強い。

逆にそう強い関心がない車輌の時は、どちらかというと背景を重視した写真を撮ってきた、今から思えばそういう態度で写真を撮っていた。

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おまけにに鉄道写真好きはいっぱんにパンフォーカスで車輌を捉えるのが至上と思っているから、背後をぼかすことで前景の美しさを強調する花の写真の定石というものに興味がなかった、というか知らなかった。

写真というものは、煎じ詰めれば何を写したいかである。正にその焦点が定まらないと散漫な写真の出来上がりとなる。あるいは画面がごちゃごちゃしてスッキリ感がない。テクニック以前の心構えというか、なぜそれが定石なのか、そういった基本をもっと知っておけばよかったなあ、と今さながらに 30年前の未熟さを思い知るのであった。

# by michikusajinsei | 2018-03-13 07:19 | 北九州 | Comments(0)

昭和60年 筑豊(その1)

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強まりつつある日差しと、それを裏腹な冷たい風を同時に感じる時期、関東で言えば立春を過ぎたくらいの時期にそういう天気があると僕は早春賦の一節をよく思い出した。

春は名のみの風の寒さや
谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声もたてず

そんな詩情がある人間ではないが、やはり若き日に日本を旅していると季節に日本の情感を感じる時があってそれには古い言葉遣いの節が自然と馴染むような気がするからである。

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そんな情感に似合うのは、やはり梅、月並みかもしれないが櫻とはまた違った風情があって、季節のうつろいをほとんど意識しなかった若い頃もそれを感じたのか、自分としては珍しく鉄道と花を絡めた写真を撮っていた。

# by michikusajinsei | 2018-03-04 14:42 | Comments(0)

昭和62年 東武鉄道(その4)

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繰り返すようだが昭和中期から後期にかけての東武鉄道車輌群、あるいは沿線開発の道程を今回辿ってみると、その時代の課題に対する対応は無難というか定石を外さないという印象があった。もっと直裁に言えば二番煎じというか国鉄や各私鉄がある程度、実証した方法論を静かに踏襲している、そんなイメージだったのである。

しかし、自分にとって30年ぶりに東武鉄道の写真に火を通し、そしてその頃の、あるいはこれまでの東武鉄道の歩みというものに思いを馳せてみるとその印象は全くの誤解で、現実の東武鉄道は他の鉄道会社と比べても勝るとも劣らない積極果断な投資、それもその場の状況に場当たり的に対応しているのではない、ある種の一貫した哲学というものを持った鉄道事業を営んできた、そんな世界が見えてきた気がするのである。

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話が少し逸れるが、少し前にアップルが「エコシステム」という言葉を再発見して、購買と販売、それぞれの領域で自分の会社が中心となって世界を動かしていく企業経営像というものを追求していることをうまく表現した。その言葉を知った時「うまいこと言うなあ」と思ったが、スケールの違いはあれど自分の住んでいるこの日本で昔からそれを一貫して追求してきたのが日本の私鉄経営である。働き、学び、遊び、生活の全てをその沿線でできる限り完結できるように整備する、それが日本の特に大手私鉄といわれる会社の経営手法であった。ただ大筋ではそのように言えるとはいえ、当然ながら各鉄道の経営思想や置かれている状況に応じてその展開もまたさまざまだ。

そして東武鉄道が彼らの置かれた状況に対して出した答えは潜在的な経営資源の活用、具体的には前に書いたように国鉄の攻勢を鮮やかに返り討ちにしたDRCの建造、また私鉄界最長となる複々線区間の着工・完成などがその象徴になるかと思う。それらは現時点からみれば成功が約束された当然の投資のように映るが、その計画時点で言えば博打とは言えないまでも確立されたビジネスモデルが無い中での決断だったはずで、その意味で巨額の投資を前にした実行するか否かの逡巡は当然あっただろう。

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しかし、高度経済成長の波に乗って果てしなくひろがる関東平野北部に展開しつつあった通勤需要と活発化してきた観光需要に自らの立ち位置である北関東の中距離幹線鉄道という沿線環境を呼応させ、上手に活用するとすればどういう投資を実行すべきか。それは自社路線の潜在価値を見極め、乗りたくなる、住みたくなるブランドイメージを作ること、そしてそれに対応する基盤投資を着実に実行すること、である。それを論理的に突き詰めて導き出した、正に鉄道経営の優等生的な回答をそのまま実行したにすぎないと言えるかもしれないが、逆に言えばその軸をブラすことなく的確に実行した経営決断は賞賛されてしかるべきである。というか確かに思考は優等生であるが、それを実行する果断さは野武士的なバイタリティーを感じさせる。

私鉄経営におけるブランド力とは何か。東急や阪急のように生活産業全般に手を出すことで華やかさを演出するのも一つの方法論だが、鉄道沿線そのもの潜在力を見出し活用するのもまた有効な方法論である。東武鉄道の歴史を見ていると改めてそんなことを認識させてくれる。

# by michikusajinsei | 2018-02-27 07:09 | 東武鉄道 | Comments(0)

Paris in 1988 (その2)

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前に「ゲゲゲの女房」の女房以来、ずっと朝ドラを見ていると書きましたが、今回の「わろうてんか」、久しぶりに挫折しました。

何かが悪いというわけではありませんが、どうもいまいちドラマ世界にしっくりとこないうちに少し忙しくなって録画ができずそのうちに見るのが絶えてしました。なんというか主人公の成長がのろすぎて見守ることができなかったという感じですか。

でも最近の放映の内容はようやくその面でかなり盛り上がっているようで、見続ければ良かったか。やはり継続は力なりですかね。

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とはいえ、テレビドラマを何も見ないとそれはそれであまりに無聊。なんとなく正月明けの番組を眺めていたら「越路吹雪物語」という文字が目にとまりました。

越路吹雪、亡くなったのが昭和55年で僕が中二の時ですからもちろん覚えていますが、それは名前だけ。長じてから旧作邦画を見るようになって、森繁の何かの映画で出演した夫人役の妖艶さが印象的でしたし、同時に名前は忘れましたが戦隊モノみたいな映画にも出演してこれはこれでビックリした記憶がありますけど、いずれにせよフォロワーになったことはありませんでした。

でも、そこは昭和の大スター、シャンソンの女王と呼ばれる存在。昭和芸能を愛する人間としては見なきゃ、なんて義務感みたいな気持ちもあって見るることにしたのです。それにテレ朝のwebsiteは無料再放送があるので見逃しても追いかけやすいということもありました。
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主演は青春期を瀧本美織と円熟期が大地真央。今のところ、瀧本美織の時代が放映されていますが、意外といいわ、このドラマ、というか予想外に瀧本美織がいいです。

彼女はそれこそ朝ドラ「てっぱん」の主演で知り、またそれしか知りません。そして「てっぱん」も個人的には悪くなく、サラサラと見ていたのですが巷間ではそれほど評判が良かった作品ではないです。要はこのドラマはサラサラと見ていたと書いたように主人公の個性や脚本のアクの強さといったものとは無縁だったのですが、その引っ掛かりの少ないがゆえ、失敗作ではないにしろ印象に残らない作品になったと思います。その主演女優だったので、正直、華があるわけでなし、なにしろどちらかといえばムチムチした健康美が売り物の女優がそれと対極にあるような宝塚の男役やるというのに違和感を覚えていたのですが、全然杞憂でした。

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まず歌がうまいのにビックリ。僕は越路吹雪ではなくクミコという歌手で岩谷時子訳詞の世界に魅了されたことがあるのですが、歌手が本業のクミコと比しても遜色なし。もう一つ特筆すべきはダンスの上手さ、これは共演している宝塚の男役トップだった(そうです)音月桂には切れ味という面では劣るものの、他の共演している宝塚系俳優には勝るとも劣らないスピード、リズムを感じさせます。

そして役柄そのものの演技も越路吹雪という大スターを引き受けるのではなく、戦中戦後、語り出すと左右どちらにころんでもプロパガンダ臭さが漂ってしまう時代背景、でもそんな時代であってもリルタイムでそこにあったはずの青春の輝きというものが素直に出せている、もちろんそれは脚本と演出の意図でしょうが、それを読み取って表現できるのは彼女の才能であり肉体であったと思います。おそらく本人もそういったことに手応えを感じているのでしょう。回を追うごとに感情表現の豊かさ、硬軟の使い分けが上手になり見ていてとても気持ちのよいシーンが続くのです。

さて、このドラマは通例の民放ドラマどおり3ヶ月で完結とのこと、ということは先週まででちょうど半分が過ぎました。残り半分はいよいよ青春後期から円熟期に入ります。

越路吹雪とその時代を知らないが故に戦中戦後の青春像という演じるのに難しい時代を天真爛漫さで突き抜けた瀧本美織の好演を受けて大地真央がどこまで先達像を描けるか。彼女は世代的に越路吹雪の記憶があるでしょうし何よりも宝塚の先輩たる不滅の大スターを演じる、そのプレッシャーは相当なものだと思います。

果たしてどんな越路吹雪像が現れるのか。続きが楽しみなドラマです。

# by michikusajinsei | 2018-02-19 22:28 | フランス | Comments(0)