平成4年 山陰本線(その1)

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「平成最後の夏」

虚をつかれたが、言われてみれば確かに今年の夏はそうだった。一つの歴史的な空間があらかじめ予定されて終わる瞬間。考えてみればそれは日本のみならず世界的にも初めての経験なのかもしれない。

なぜなら区切りはいつも唐突に起こる。静かに流れる大河が、急激に速度を増し、一気にその瞬間が訪れる。

昭和の終わりも、人の寿命に起因するものだからいつかはという想いは誰にもあったが実際に昭和天皇が病に倒れた瞬間は、その直前まで公務についておられたから不意をつかれた感があったし、冷戦という時代の終わりもベルリンの壁が一箇所崩された瞬間、奔流のようにそれまで堅固にそびえているように思われた壁が一斉に壊され、東西の人々が手を取り合い合流するのを目にした。

しかし時代の変化、それ自体はそんなに急には見えてこない。昭和から平成への改元は1日にしてなされたが、社会の営みはそれ以前と変わらずに淡々と過ぎていった。
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特に昭和という時代は、戦前戦後という二つの歴史空間をまたいだ60余年という年月の長さに相応してまたその転換はゆっくりとしていた。当時を生きてきた感覚でいえば、昭和64年1月7日に日は没したがその夕映えの輝きはしばらく続き、その中で我々の社会生活は営まれていた。

しかし振り返ってみると、時代の転換点はやはりあった。昭和という時代、その残照はいつ消えたか。

実感としていえば、それは平成7(1995)年である。
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この平成7年と言う年、阪神淡路大震災、サリンテロ、警察庁長官狙撃事件と事件が相次ぎ、1ドル80円を切る円高と止まらない資産価格のため進まない不良債権処理が相まって誰の目にも経済不況が明らかになり、就職氷河期という言葉が囁かれていた。そして前代から言えば戦後50年という節目の年でもあった。

実はこの年、僕はカタールに赴任していてその頃の日本人が、あるいは日本社会が味わった不安感、そう言うと言い過ぎかもしれないが、いったいこの国はどこに流れていくのだろうか、という不安定な気持ちを完全には共有していない。大震災の時はカタール、サリンテロの時は帰国便に乗るための乗り継ぎで滞在していた香港でその報せを聞いた。ホテルで朝、何気なくつけたテレビでフランス語が流れていた。何もわからなかったが女性アナウンサーがただならない様子でニュースを伝えていた。そして何回も同じ言葉を繰り返していた。それは数少ない僕の知るフランス語の単語「プワゾン」毒という意味の言葉である。そして東京の風景が映し出されていた。

慌てて、少しは内容の把握できる英語のチャンネルに切り替えてみると、化学テロが行われたらしいということが伝えられていたが混乱状態でそれ以上のことはわからず、その翌日、成田からの帰路のバスの中で「ここで何か起こったらどうしよう」と考えて、とても心細かったのを憶えている。そして直後に起こった国松長官狙撃事件、その報が伝えられた時、父が「なにが起こっているんだ。日本は壊れるのか」と思わず叫んでいた。

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確かに昭和40年代も様々な事件が起こった。当時の自分は幼かったからその衝撃をわかっていたわけではない。それでも三菱重工ビル爆破テロでガラスが刺さり血まみれになった人の写真を新聞で見た時は衝撃を受けたし、浅間山荘事件もその時、それとは知らなかったが後から思えば祖母と一緒にテレビで見ていた。

しかし昭和という時代は混乱が起こってもそれを受け止める柱石とも言うべき人々が大勢いた。というより昭和戦後という時代は前線と銃後の違いはあれど戦中戦後の死線をくぐり抜けてきた人々が担っていた時代である。土壇場での性根の座り方というものであろうか。その重さが戦後世代に批判されていたわけだが一方で「戦争に比べればたいしたことがない、動じるな」そんな声が伝わってくるような頼もしさがあったのも事実である。

しかし歳月は人を待たない。平成最初の7年間でそれを知る世代の人は次々と引退していった。自分の身の回りでも僕が会社に入った頃、役員の半分は旧制高校、あるいは軍学校出身の方だったがその頃までにはその世代の方は全員引退していたし、昭和一桁の父もまた第二の職場へ移っていた。
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そして後に「失われた20年」と呼ばれる事になる停滞-それ自身は少し前から始まっていたが-を肌身に実感し始めたのもこの頃だった。


by michikusajinsei | 2018-10-16 07:21 | 山陰本線 | Comments(0)