平成30年 京急横浜駅*写真追加しました 

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投稿をサボり気味でしてが、さらにパソコンが壊れてしまいました。

そうなると、無理にでも更新しようとする気持ちが出てくるのですからおかしなものです。

写真は、京急の駅ソバチェーンである駅めんやで食べたおろし天そば。

駅ソバの醍醐味は油の塊のような冷めたかき揚げを汁に浸して、油のまろやかさで醤油のカドが取れたそばつゆを飲むことにあると信じてやまないですが、大根おろしも同じく刺激が中和されかつ油のクドさが消えて意外なうまさですね。

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それにしても駅ソバがこんなに美味しくなっていいのでしょうか。

寿司も天ぷらもトロも、もともとの安っぽいカジュアルな料理が高級化していったそうですが、駅ソバも果たしてその道を辿るのでしょうか。これからどんな進化や工夫を見せてくれるのか、そんなことを感じてしまいました。

by michikusajinsei | 2018-05-09 22:30 | 横浜 | Comments(0)

神奈川喫茶店逍遥(続々センターグリル洋光台店)


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裏を返しに行きました。

どうしてもまたあの雰囲気を確かめたくなり、次の週の日曜日もこのお店に出かけました。そしてこんど注文したのはカツカレー。

さて、初回の興奮は収まり改めて見直す内装ですがアクセントカラーの壁紙なんぞない時代ですから、重厚感を出すのに定番なのはラッカー塗りの板張り。そのラッカー塗装とオフホワイトのクロスががいい感じに艶が消え、寂びっていう言葉がしっくりとくる風情が醸し出される。そしてメニューとして今となっては使われていませんが、木材ブロックで作られた壁掛けメニュー。これも昔のレストランでたまに見かけましたが、黒板ではなくこれでメニューが掲載されていると少し高級感を子供心にも感じたことを思い出します。

とはいえテレビはさすがに平成30年ですから液晶。ちなみに放映されているのは全国男子駅伝。余談ですが僕はこの時期に2週続けて行われる京都の女子駅伝、広島の男子駅伝が好きです。中学生から社会人までが一つのチーム、そのつながりは郷土出身ということのみですが、いまとなっては村の運動会の延長のようなスタイルがなんかアマチュアスポーツの原点を見るようで清新な印象とひたむきさというものを感じてしまうんです。
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さてカツカレー。これはもう関東大衆食堂のエース。
「今日の晩ごはんはカレーだよ」
「今日は久しぶりのお出かけだよ。昼ごはんはとんかつにしようか。」

そんな母親や祖母の言葉に胸を踊らされた思いを持つ昭和戦後の少年少女はきっと多いと思います。子供が想像できる頂点にある贅沢。それがカレーやとんかつ。単独でもスターなのにそれらが一つのお皿に同居しているのですからね。

ただこのカツカレー、意外と気難しい料理なのかもしれません。花形役者が自己主張するような、つまりそれぞれ単独で食べると美味しいカレーととんかつを組み合わせると思いの外、美味しくない。それだと味に広がりがないんです。
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それがカレーはともかく、とんかつ。これが単独で食べるとイマイチなかつほどカレーライスと合わさると味にコクがでて光り出すんだから食の組み合わせって面白いものですね。

思うにカレーってそれ自体、スパイスによる強力な味のマスク効果があります。素材の味わいというものは普通は消されてしまう。そりゃビーフとポーク、チキン、といったそれぞれの味の違いはありますが、素材の味というものが増幅されることはありません。

そんな中でカツカレー。衣が文字通り素材をくるんで守ってくれます。だから一口目は衣の触感と塩気、油気がカレーと交わりカレースパイスの強さを緩和してくれた後、いわば調味料がマイルドになった状態で油通しされた肉に出会うわけですから素材としての肉と調味料たるカレーの邂逅がちょうど良いタイミングで行われる、それが味わいの秘訣ではないでしょうか。そしてその時、もし素材の味が強いとカレーの強さと素材の味の強さがぶつかりクドさが生じる、そんな風に思います。

そういった意味では褒め言葉になるのかどうかわかりませんが、このカツカレーはとてもおいしい。強い個性がぶつかって味が濁るのではなく、単独では非力なプレーヤーが合わさることで乗数効果を発揮する、まるで画面の駅伝みたいですね。

そういえば僕がこの駅伝を見るきっかけとなったのは数年前の女子駅伝、地元神奈川が優勝した中継を見たのがきっかけですが、その時の記録は大会記録で今も残っている、でも当時のランナーは誰一人区間記録は塗り替えてません。ある意味、不思議で、ある意味、駅伝らしい、このカツカレーではないですが、スター不在という状況下で勝ち取った偉大な記録、勝利者だったと思います。

.......まあ妄想を膨らませるのはこの程度にしておきます。

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今回は余韻を味わうためにコーヒーも頼みました。

後ろの席では常連と思しき方とお店の女将さんとの間で、隣近所の噂話に花が咲いていました。正直、僕はいてもいなくてもいい存在です。でもなんでしょう、それがとても心地よい。

今まで延々と昭和遺産の話で引っ張ってきて今更ですが、このお店の真価、それはそういう歴史的な記号ではなく、やはりこの空気感にあると思うのです。

もちろん昭和の時代に成人を迎えた人間としてはそういった遺産に心がときめいたのは事実です。しかしこのお店は現役のお店、そして別にそういった今風の「レトロ感」を売り物にしているわけではないです。それに味付けという点でははっきり言ってほっぺたが落ちるような美味しさがあるわけではありません。でも僕が訪問したこの2回、家族連れも一人できている人、それぞれここで食べている時間を心底楽しんでいる、そんな空間を感じてなりませんでした。外は寒かったけれど春風駘蕩たる雰囲気が横溢していたのです。

確かにお店に残る昭和の遺産は貴重です。それに感激したのは確か。でもこのお店訪れる価値はそんな昭和遺産を愛でるところだけにあるのではないと思います。

昭和、昭和と連呼しましたが平成だって30年経過しています。その長い年月の中で営まれてきたこのお店が無上だと思うのは、昭和だ平成だという風俗を越えて気取らずに、でも下品になることなくゆっくりと食事をする雰囲気を長年に渡って大事に維持してきた、まさにその空気感を味わうことができる、その空気感を維持してきた時間の流れを感じるとることができる、その人生の大先達にむかって失礼な言い方になるかもしれませんが、このお店で食事をするとそんな風に思うのです。

by michikusajinsei | 2018-02-13 07:12 | 横浜 | Comments(0)

神奈川喫茶店逍遥(続センターグリル洋光台店)


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すっかり外観の昭和ぶりに興奮してしまいましたが、そうは言っても食べに来たのですからメニュー見てさて何にするかな。グラタンかスパゲティーか、それとも....。少し迷いましたが、やっぱり古い洋食店だとご馳走というからには肉を使った料理がいいなあと思ってメンチカツを注文しました。

注文を待つ間、なんとなく周囲を見渡します。ストーブで程よくあったまった室内。すぐ横のテーブルには親子四人連れ、後ろにはスポーツ新聞を読んでいる常連らしきおじさんがお店のおかみさんと雑談を交わしています。

あまり彼らを凝視するわけにもいかず、なんとなく天井に掲げられた調理師免状などを眺めていました。こういった免状は昭和のお店には必ずといっていいほど掲げられていました。実際、このお店の免状にも長洲一二、飛鳥田一男といった昭和4〜50年代の県知事、横浜市長の名前が並びます。革新首長華やかな時代のスターたち。そんな中で一番左の額装が少しばかり大きく異彩を放っています。目を凝らしてそれを読んだ時、思わず声を上げそうになり、そしてすぐに固まってしまいました。

その賞状、それは東京オリンピック代々木選手村運営活動協力への感謝状でした。

昭和39年の東京オリンピック、戦後という時代、復興と隆盛、その到達点でありまた出発点であった記念すべきイベント。

僕はポスト五輪世代ですからその時は生まれてません。とはいえ学生の頃は、東京オリンピックはそんなに遠くの時代ではなかったです。釜本や猫田のようにまだ現役で活躍していた選手もいましたし、就職してからも取引先の方で選手として参加されたなんて人に会ったこともあります。しかし、今となれば開催から半世紀、ほぼ歴史的な記号にならんとしているこの時代にそれが現役を証明するような形で残っている風景に出会うとは思いもよりませんでした。

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「さあ、スープできたよ、お嬢ちゃんが食べるのかな」お店のおかみさんの声。

となりの家族連れに料理が運ばれ始めます。小学校1、2年生といった感じの女の子に幼稚園くらいの男の子。お皿はお姉ちゃんの前におかれましたが二人で分け合って食べてる。これだって泣きそうになるくらい自分の子供の頃の風景。ファミレスのドリンクバーで好きなものを選ぶのが普通の時代になかなかこういった姿はみられなくなりました。やがて運ばれてくるハンバーグやスパゲッティーといった料理。ならぶお皿、この家族の醸し出している雰囲気、情景は失われた過去が蘇ってくるようです。唯一、あの頃と違うのがお父さんとお母さんの年齢、40前後の雰囲気で、これはやはり晩婚の時代なのだからでしょう。

やがて自分のところにもメンチカツが運ばれてきました。

「グジュ」

今風の「カリッ」とした食感からかけ離れた感覚です。正直、最初に違和感はありました。でもね、メンチカツってあの頃そんな存在だった気がします。とんかつやハンバーグはちょっと高級、だけど脂っこい肉を食べて精をつけたい、またあまりみすぼらしくない料理を注文したい、そんな気持ちがこの料理を生み出し発展させたような気がします。そしてこのメンチカツ、確かに食感こそ芳しくありませんでしたが、肉と玉ねぎにははっきりとした下味があり、それがかすかな肉の甘みと混じり合い決して不味くありません。合間にキャベツの千切りとマカサラ、これも安っぽいといえば言えますが、口の中の油っぽさを上手に消していきます。刺激は少ないですがごはんが進み、いつのまにか完食してしまいました。

総じて満足。でも、食べ終えてしまうともうここにいる理由はありません。少し名残惜しさを感じながら、お冷で口を洗ってお店をでました。

(この項、続く)

by michikusajinsei | 2018-02-07 07:19 | 横浜 | Comments(0)

平成30年 神奈川喫茶店逍遥(センターグリル洋光台店)

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関東地方の冬晴れはとても気持ちのいいものです。空気は澄んでいますし、日差しは柔らかいですから外は寒いとわかっていてもどこかへと出かけたくなります。年が明けてからの週末もそんな天気が続いていましたので、先週も先々週もお昼前には家を出ました。出かけるといっても半分は昼ごはんを食べるのが目的。なってたって土曜日の昼ごはんくらい人生でもっともリラックスできる時間はありませんからね。

少し前に友だちが「野毛のセンターグリルって評判がいいから食べに行ったんだけどそうでもなかったわ。」ってFacebookに投稿を上げてました。Facebookって見ているだけで普段はあまりコメントなんかしないんですが、その時は思わずしてしまいまいした。

「このお店は、お子様ランチがご馳走だった時代を思い出して味わうところだよ。いま風の感覚で味や雰囲気をどうこうするところじゃないと思います」と。

センターグリルっていうのは投稿の通り野毛に昔からある店、スパゲッティナポリタンの冷凍食品の監修をしたりして横浜では有名な店ですが、メリハリのはっきりしたインパクトの強い味が好まれる現代の風潮に合っている店ではありません。はっきり言って舌をまくといった美味しさとは無縁です。またメニューもフライやグラタン、カレーっていうごく普通の洋食しかないです。でも何ていうかそれらの料理を眺めて食べていると手作りの素朴感が溢れてくるようで、そんな雰囲気にファンが多い店です。

そしてその暖簾分けのお店が洋光台にあることを少し前に知って、じゃあそこに行ってみるかと横浜駅から根岸線で南下しました。

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もう何というんでしょう、入り口からやられてしまいました。ガラス戸にキュッと絞られた白いレースのカーテンですよ。昔のレストランや喫茶店では上品さを演出する装飾でよくありましたが見なくなって久しい。そのガラスにはエナメルっぽい塗料で描かれた店名に一昔前の食堂車を表す記号であったナイフとフォークの交差したイラスト。もうなんでしょう、生きています。昭和40年代って感じです。

静かな興奮が体内を駆け抜ける思いがしました。

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ところで、お店の看板にも描かれてますがセンターグリルといえば、本家もそうですがこの紋章のようなロゴマーク。本家の創業は連合軍による占領期。米国風って書いてあるのはその影響でしょうか。まあ、料理の味わいが米国風かどうかはともかく、このロゴマークはまさにアメリカン。

世界どこの国でも会社はシンボルマークを持っていますよね。日航の鶴丸だとか三越越後屋の丸越だとか。それらも優れていると思いますが、こと会社のシンボルマークに関しては平均値でもっともレベルが高いのがアメリカ。大赤字で大変なことになっていますが彼の国の名門企業GE、彼らのGとEのローマ字をくねらしたようなデザインなんてよく考えつくよなあ。他にもコカコーラなんかもローマ字のデザインで秀逸ですよね。これらは一度見たら忘れられませんもの。

鉄道会社のロゴもそうです。僕は少年の頃、アメリカの鉄道に憧れていましたが、その理由の一つはユニオンパシフィックだとかニューヨークセントラルといった鉄道会社のもつ企業ロゴのかっこう良さでした。

それはともかく、このセンターグリルのロゴ、開業当初からあったのかどうか知りません。でも開業したのは占領期です。そして当時の横浜中心部はほとんど接収されていました。

つい1年前に我が街を壊滅に追いやった相手に依存して生きなければいけない悔しさややるせなさはあったでしょうが、一方でその影響を吸収して新しい別の風俗を生み出す逞しさというものもあった。それはかたちだけみれば草の根から見たアメリカ文化の翻案化でしょうが、どんな文化もたちどころにそのエッセンスを和風の中にとりこんでしまう日本文化のしなやかさ、先人たちの心の強靭さというものを感じてしまいますし、それがあったからこそ壊滅的な状況からわずかな時間で復活する力強さがあったのだと本当に思います。

僕はこのロゴにそんな戦後という時代の一断面が息づいている、そんな風に思うのです。

(この項、つづく)

by michikusajinsei | 2018-01-27 19:24 | 横浜 | Comments(2)

平成29年 横浜港

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トランプ氏が来日のためとかで税関が滞り、パソコンの修理は2週間以上経ってようやく戻ってきたら、今度は人間様の僕が身体の不調。

身体向きを変えたり肩を上げたりするたびに胸と背中に刺すような痛みが走る。とにかく身体を動かすたびに痛みが走るんで考えがまとまりません。金曜日も電車仲間との飲み会でしたが、痛みがチクチク襲ってきて何を錯乱したか京急800形は3ドアと頑強に主張して(本当は4ドアです)呆れられました。

一週間以上我慢してきましたが、堪らず医者にいったところ帯状疱疹との診断でした。病名が確定したのでネットで調べてみると、子供の頃に罹った水疱瘡のウイルスが身体の免疫力が落ちた時に発症しやすい、特に50代以上の高齢者に多い、とあります。

この表現も何気に個人的にはショックです。確かに僕は50歳、若くはないですがそれでも普通に言われるのは中高年男性、中年という言葉に馴染んでいるというか焦点を自分では当てていましたがもう高齢者といわれてもおかしくないのか、と。

というわけで、考えがまとまらないけどブログは更新したいということで、きのう病院の帰りに赤煉瓦倉庫で行われたイベントで写した古典車、昭和41年製で僕と同級生である車を投稿します。ナンバーが一桁なのでおそらくワンオーナーなのでしょう。

50歳、人間ですと高齢者といってもその入り口ですが、機械となると相当な年代物。同時代の現役鉄道車輌も少ないですが、こういうトラックが、しかもなくなってしまったメーカーの車輌がまだ残っているのかというのも新鮮でした。

by michikusajinsei | 2017-11-12 09:00 | 横浜 | Comments(6)

神奈川喫茶店逍遥(その2)

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神奈川喫茶店逍遥なんて書いていて店を紹介しないって言うのは、どうなのよ、ってある人から指摘されました。

確かにそうですね。

と言うところで前回の投稿のお店は磯子のぽんぽん。ちなみに初めて入った店です。

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どの飲食店も個性がありますが、思うに喫茶店ほど、多種多様な個性を持つ業態って珍しい話じゃないでしょうか。

居酒屋でもレストランでも定食屋での、それぞれの文法と言うか、それこそ誰とはなしに決まった様子というものがあります。属性特有の衣装とでもいいますか、我々はそれを暗黙のうちに了解していて、それでお店を選んでいるわけです。

しかし、こと喫茶店は、正に融通無碍、街やお客さん、お店の人や趣味、様々な個性の融合でその雰囲気ってものが形作られていく感じがします。

このお店、たった一回、日曜の午後に入っただけですが、家族連れがまるでファミレスのように昼ごはんを食べていましたし、別のテーブルでは何かのサークルのような中年の集団がやっぱり昼ごはん、ああ、そうだ、今、ファミレスみたいなって書きましたけど、逆で昔は喫茶店が休日の家族のお出かけで結構使われていて、それが30年くらい前からかファミレスに変わっていった、振り返るとそんな気がします。

そう言う意味では、この喫茶店、往時の空気感を今でも味わえる、それがこおお店の個性であると思います。

今書いていて思いましたが、空気感と言う言葉こそ、喫茶店、それぞれをさへする最も適切な感覚ではないか、そんな気がします。

by michikusajinsei | 2017-11-06 22:06 | 横浜 | Comments(0)

平成29年 神奈川喫茶店逍遥

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実は先週からパソコンが壊れてしまって電車の写真がアップできません。ちよっとお休み。そこで閑話休題、一休みと言えばあの頃の感覚だと喫茶店。

実は日本に戻ってから結構な頻度で喫茶店に行ってます。それも昔ながらの喫茶店ってところです。カフェとかじゃなくて。あ、もちろんカフェ風のところも行きますよ。でも選べるんだったらと言うこと。

しかし気がつくと喫茶店、随分減った気がします。少し前まではどこの駅に降りてもあったのに、今は無い駅もあるのではないでしょうか。

ちなみに、この喫茶店は根岸線の磯子駅のそばのお店です。いそご模型と言うこれまた昭和遺産のような模型店に行ったあと、雨宿りでボーっとしながら雨か小降りになるのを待つために入ったお店です。

by michikusajinsei | 2017-10-31 22:09 | 横浜 | Comments(0)

平成29年 横浜駅

先日、横浜駅の新築現場を歩いていると、こんな立て看板に出会った。

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これを読んでも横浜駅に馴染みがない人にはピンとこないかもしれないが、昭和3年完成の旧駅舎の取り壊し工事が始まった頃から延々と40年以上どこかで何かしら改造工事が行われていて、その果てしなさから「あれは、日本のサグラダファミリアだよな」なんて物言いがされているのである。それがいつくらいから言われ始めたのか、自分の記憶に振り返っても15年以上前、今世紀の前半にはしていた。

それは不便さに対する皮肉や、街の中心がいつまで経っても完成しない継ぎ接ぎだらけのみすぼらしい姿に対する自嘲的な気持ちを、世界的に未完成で有名な建物と同列におくことでそれを緩和し同時にその営みの時間的な壮大さを誇りたいような衒いも少し混じった複雑な気持ちで言っていた。

しかしである。この文章、申し訳ないが噴飯物とはこのこと。新陳代謝を誇りたいのは気持ちとしてはよくわかるが、現実のサクラダファミリアは設計したガウディの構想をいかに忠実に再現するかに力点が置かれている。新陳代謝しつづけるという表現とは正反対、何よりもサクラダファミリアとの対比は新陳代謝という言葉の持つ若々しさを誇るような気持ちからではなく、上にあるような劣等感を隠す心理状態でから言われてきたものであるからだ。

だから、むしろサクラダファミリアを引用することなく、継ぎ接ぎだらけと言われながらも常に変化し続ける特異性にこそ横浜駅のユニークさがあることを強調すべきだったのではないか、この文章を読んでいるとそんな気がしてくる。

もっとも、この文章、強調したい点はそこではなくて変わり続けてきた時間の流れの中で、それぞれにとっての横浜駅は?ということ。そしてもちろん僕にもこの駅を通じた思い出は色々とある。そんなことを思い出させてもらえた訳だから、こんなことに文句をつけるのは野暮なことなのかもしれない。


by michikusajinsei | 2017-08-16 12:30 | 横浜 | Comments(2)

謹賀新年

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ブログを始めた時は48歳の誕生日を迎える直前の12月です。それから3年が経ちました。この間、多くの方に公開でのコメントや直接会った時に励まされ、またブログで紹介をして頂いたりもしてなんとか続けてきて、昨年末の時点で延べ13,250名の方に見ていただけました。改めて皆様のご厚情に感謝申し上げます。

国鉄がなくなったのが昭和62(1987)年の4月ですから、今年はそれから30年です。そして僕も50歳になります。正直なところ、ずいぶん時代がたった、往時茫々とはこんなことか。いつの間にかそんな感想を漏らしてもおかしくない年月がたってしまいました。

しかしどんな年月が経っても色褪せることのない情景というのはあると思います。自分が記録してきた風景、腕は未熟でしたが、体力と情熱だけを頼りに撮してきたあの頃の日本の鉄道とそれを取り巻く光景を今年もまたブログで展開していきたいと思っています。

この写真もその一枚。白状すればどこで撮影したかは定かでありません。しかし日本のどこかの線路際で迎えた朝の光に感動して撮影した一枚。偶然出会えた光と雲の綾なす地球の芸術に若き日の自分は何かを感じてシャッターを切ったのでしょう。

1日数本の列車を撮るために夜明けから日没まで何時間も歩いたり、あるいは列車を待っていることができたからこそ出会えた風景です。

構図的には稚拙ですが、このような瞬間に立ち会えまた記録として残せたのは、今にして思えば幸運なことでした。

今年一年もまたよろしくお願いします。

by michikusajinsei | 2017-01-01 13:51 | 横浜 | Comments(4)

平成28年 喜楽軒(その3)

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福建風海鮮焼きそばとメニューにありましたが、これはシンガポールにいた頃よく食べた好物のホッケンミーではないですか。

実は福建の言葉ではまた別の言い方があるのですが、日本の漢字にない言葉なので何て言うのか判りません。
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これは別の日の某所で食べた長崎ちゃんぽん。一説によるとちゃんぽんの源流はこのホッケンミーだそうで味は同じではないですが、なんとなく似てます。兄弟というよりは、いとこかはとこかってな感じでしょうか。近さと遠さが同居している感じ。ちゃんぽんはやっぱり日本的です。どんなところか。

それはスープですべてを包み込むところでしょうか。ホッケンミーはスープは脇役というか調味料という感じですね。汁の味わいそのものは同じように感じるのですが飲むものではなく他のものを浸しているもの、と言えると思います。だから、そいう意味では確かに焼きそばに近いのかもしれません。

ま、そんなことは措いてこのホッケンミー、海鮮スープにやや塩気のある平打ち麺がよい刺激となっておいしいですよ。唯一の不満は麺の切られている長さが短くて少しブツブツして食べづらいことでしょうか。

もっともこれはレンゲがあれば解決しますから大きな問題ではないです。もっともそれは非伝統的な食べ方ですから、言わないと持ってきてくれません。ただ、たかがレンゲですが、意外とそれは奥が深いかもしれません。

ちゃんぽんとホッケンミーの距離。味わいだけ見れば上に書いたように親戚関係にある。でも供食という点ではどうでしょうか。やっぱり僕はちゃんぽんの方が食べやすい。いやそこに優劣を表明したいのではありません。なんというか、ホッケンミーは福建の人がbestと思って受け継がれたスタイル。そしてそれはちゃんぽんも同じ。二つの地方ともどちらかに収斂しておかしくない土壌がありながらそうではなくて両者共に存在する。そんなところにある意味、味覚とは別の文化の味わいを感じます。


by michikusajinsei | 2016-04-15 21:13 | 横浜 | Comments(2)