令和7年 謹賀新年

みなさま、明けましておめでとうございます。
気がつけば、このブログも昨年の12月で10年目となりました。
この10年様々なことを書いてまいりましたが、実は昨年6月、僕自身の人生にとって大きな転機がありました。それは当時ついていた役職からの解任です。自分が長として率いていた組織に課せられた成果を生み出すことができなかったこと、その過程における説明能力が欠けていたことの責任を問われ管理職失格とされたためです。
事実は隠しようもないので予期していたことでもありましたが、言い渡されるとやはり落胆したのは事実です。ただ一方で、安堵感と諦念といった気持ちが思いの外に強く、頭を占めていた失望感から心と身体を支えてくれもしたのは自分でも意外な気がしました。それはそこに至るまでにまず肉体的な限界が近くて余裕がなくなり、事態を先読みした段取りができず、実際に動く部下たちのサポートをできないことの歯痒さを感じていいたからでもあり、同時に、最終局面において、個人として身を捨てることを覚悟し、実際にその姿勢を見せることでメンバーたちに余裕が生まれて結果として窮地をある程度、打開できたからでもあります。悔しさもありましたが、自分の中で、降りることに納得できる言い訳もあった、少し時間をおいた今にして思います。
思えば就職して36年間、仕事においては常に自分の才を恃んだ強気な姿勢と馬力に任せた突破力で昇進と転落、そしてそこからの復活を繰り返してきました。しかしサラリーマン人生を所属する組織の中で栄達を夢見る道のりと捉えるのであれば「それでも、俺は天下をとった」と呟くことは遂にできず、ここが自分にとっての到達点という所に着いてしまったんだ、そんな気持ちが嘘いつわざる正直な感慨でしょうか。
こうして昨年にて自分の属する社会において栄達を目指すという人生の旅は終わりました。一昨年にあった私的な生活における決断と合わせて、これにて1回目の人生は自分にとって完全に幕を閉じた、そう思っています。しかし数年前から感じ始めている2回目の人生はまだ自分にとって明確な形を見せていません。というより何かを目標とするのではなく、それを作っていく軌跡自体が2回目の人生そのものではないか、そんな風に思えます。事実、物事に取り組む心境も変わってきました。
なんと申しましょうか。今まで理解されることを求め、自らが先んじて現実を掌握し管理することを求めていたのに対し、自分自身を消しながら好きな人たちや世間へ貢献する方法を求め、硬直しがちな現実を解き放つ方法を学ぶことを求めている、そんなように感じ始めています。いやこう書くこと自体、まだ過去を引きずっているのかもしれませんね。要は心のあり方が自由かつ素朴さを求めている、ということだと思います。例えば昨年の後半、人生で初めてアイドルのCDを購入しましたし、短期間ですが在宅勤務を利用してこれも人生で初めて関東圏以外の土地で生活してみたりしました。またネット空間を通じて昨年も様々な人との出会いもありました。そうした人やものとの関わりの中で継続していること、うまくいかずに突破口を探していること、様々な試行錯誤が自分の中にあります。
そうした葛藤が渦巻く中、今回選んだ写真は昭和63年の欧州旅行、南仏に向かう夜行列車の窓から見えた夜のプラットフォームです。
洋の東西を問わず夜行列車の旅は視界を奪われ、音の漏れを気にして音楽も聞けず、また減光された車内では本を読むのもままなりません。そんな道中で唯一の楽しみは停車した駅でぼんやりとした照明に浮かぶ夜のプラットフォームの姿を見ることでした。そこにある灯りや佇む留置車輌や駅施設に昼間の世界とは違う生命力を強く感じたものです。
少し格好をつけていえば1回目の人生という列車から2回目の人生という列車に乗り換えと言いましたが、そしてそれはまだ明確な目的地が見えていない夜行列車に乗っているようなものです。しかし、単調かつ時間との闘いのようなその旅にも生命力を感じる情景はありますし、その情景から夜が明けた明日の姿を想像することはできます。今はその停車駅一つ一つに感じたような出会いとその出会いが自分の心に宿る反響を噛み締めて過ごす時間が大切ではないか、そんな風に思っています。
今年一年、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。
道草人生拝
by michikusajinsei | 2025-01-03 12:00 | フランス | Comments(2)
貴兄も昔の役職定年くらいのご年齢になられたはず。管理職を追われたのではなく、後進に譲ったと考えるべきでしょう。
組織、地位があっての自分ではなく、自分は自分。その様な気持ちで人生を楽しまれることを願っています。
組織、地位があっての自分ではなく、自分は自分。その様な気持ちで人生を楽しまれることを願っています。
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シグ鉄さま、コメントありがとうございます。
ありがたきお言葉、身に沁み入ります。
昨年は年が明けた頃から千代の富士引退の弁が頻繁に頭をよぎっておりました。曰く「体力の限界です。気力も無くなりました」馬力がなくなり後進たちに追い越されていく、そんな感覚を感じる日々を送っていました。それでもある瞬間に最後の力を振り絞って、彼らが立ち往生した場面で道を開くことができ彼らを守ることで安っぽい自尊心が満たされ現実を受け入れる心境となりました。
おっしゃる通りで自分は自分であることを諦めずに2回目の人生を送っていきたいですね。
ありがたきお言葉、身に沁み入ります。
昨年は年が明けた頃から千代の富士引退の弁が頻繁に頭をよぎっておりました。曰く「体力の限界です。気力も無くなりました」馬力がなくなり後進たちに追い越されていく、そんな感覚を感じる日々を送っていました。それでもある瞬間に最後の力を振り絞って、彼らが立ち往生した場面で道を開くことができ彼らを守ることで安っぽい自尊心が満たされ現実を受け入れる心境となりました。
おっしゃる通りで自分は自分であることを諦めずに2回目の人生を送っていきたいですね。
