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昭和62年 近畿日本鉄道養老線(その3)

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猛暑という言葉はあっても酷暑という言葉はなかった時代、夏という季節は若さと爽やかさという感覚に結びついていた気がします。
8月のお盆の時期、線路端を歩いていると日差しの強さに熱気を感じましたが、一方で夏風がその熱気を和らげてくれて、いくら歩いても苦になりませんでした。

この写真を撮った頃は高校を卒業していましたが、高一、高二の頃、運動部の同級生たちが秋の関東大会を目指して夏合宿に青春のエネルギーを燃やしているのと同じ感覚を僕は犬走りと呼ばれる線路側の小道を歩きながら味わっていたのです。体力の続く限り歩き、そして五感を働かせて誰も見ていない景色を見つけたかった。

正直な気持ちを白状すれば運動部で躍動している同級生たちにコンプレックスを感じていました。それが好きで寝ても覚めてもいい鉄道写真を撮ることに情熱を傾けていましたが、どうしても青春の情熱という言葉で人々が想像する若者の姿とネクラと言われていた趣味に没頭する自分自身の行き方とのギャップになんとも言えない居心地の悪さを感じていたのです。

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しかし人生で初めて自分自身の限界への挑戦することが青春という季節の通過儀礼だったとすれば、良い写真とは何かを追い求める衝動、そのために犬走を歩き続けた日々はやはり青春という言葉でしか表せない人生の瞬間だった、若さの中にあった焦りやいたたまれなさから無縁になって久しい今になるとそれはそれで幸せな時間を過ごすことができていたんだ、そんな風に思うのです。


by michikusajinsei | 2023-09-03 21:00 | 近畿日本鉄道 | Comments(4)

Commented by 風旅記 at 2024-01-17 02:50
こんばんは。
素敵な文章を読ませて頂きました。
歳を重ねるにつれて、“あの頃”の自分と比べて感受性が鈍ってきたのではないかと感じることが多くなりました。
それでも今もカメラを持って、未だ見ぬ風景を追う気持ちが続いていることを良しとすべきか、やはり繊細な心の微動はもう取り返せないと悲しむべきか、堂々巡りです。
お写真を拝見しまして、情熱を傾けた撮影の結果がこうして今に残り価値をもつことは素晴らしいことと感じました。
写真ならではのパワーを感じます。
私は養老鉄道に分離されてから初めてこの路線を訪ねましたが、赤い電車が走るローカル線は、写真集の中に見ていたいつか見てみたい鉄道の風景そのものでした。
駄文失礼致しました。
Commented by michikusajinsei at 2024-01-18 08:00
風旅記さま、コメントありがとうございます。

感受性は鈍るようなものではなく、変わるものだと思います。そして何を写すかは、偶然もありますが、その時点までの積み上げてきた世界観が現れているのではないでしょうか。
私にとっての犬走り時代も前半はここに書いた通りですが、後半は行き場がなくて逃げ込む場所のような気持ちを抱いていました。この養老線の写真は写真はどちらかといえばその時代のものです。何を撮る、なぜ撮るということが消化できす苦しい時代でしたが、その時はその時で何かの変化を求めてフレームを切り取っていたのだと思います。


Commented by 風旅記 at 2024-01-19 03:23
こんばんは。
お返事ありがとうございました。
おっしゃる通りですね。今の支線の先に映る“私にとっての世界”をこれからも今の感性で撮っていこうと思います。
冬のクリアな風景を求めて、鉄道のどこかへまた訪ねてみたくなりました。
Commented by michikusajinsei at 2024-01-20 09:12
風旅記さま、再度のコメントありがとうございます。

未知の地は当然ですが、曾遊の地も、今の視点で見ると違った印象を持つことがあります。その時抱いた気持ちや視点が自分にとって大切じゃないかと思います。