昭和62年 近畿日本鉄道養老線

近鉄養老線は高校のころに大垣夜行に乗ったときに、その存在を知りました。
その時は西に向かうことに気持ちがいっていたので途中の駅でどんな鉄道があるのかといったことにはあまり興味がなく、大垣駅で乗り換えるときに停車している車輌を見て初めてこの路線があることを認識したものです。
朝日に輝く海老茶色の車体が印象的でいつか写真を撮りたいな、と思いましたが実際に訪問したのは、それから数年後のことです。
by michikusajinsei | 2023-07-17 16:09 | 近畿日本鉄道 | Comments(4)
近鉄とチューリッヒ、顔が似ていますね。
狙った?
狙った?
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シグ鉄さま、コメントありがとうございます。
いやぁ、それは気がつきませんでしたが言われてみれば似ていますね。
没個性的なデザインであるところが逆に近鉄の普通車両の独自性のように思いますが思わぬところに兄弟がいたということでしょうか。
いやぁ、それは気がつきませんでしたが言われてみれば似ていますね。
没個性的なデザインであるところが逆に近鉄の普通車両の独自性のように思いますが思わぬところに兄弟がいたということでしょうか。
こんにちは。
養老線は近鉄の中でもローカル線扱い、観光列車を含めたメインルートになり得ないと判断されたのでしょうか。
後日、経営分離されることになりますが、今も往年の近鉄の車両が残っていることが、むしろ魅力になっているようにも感じます。
お写真の車両は3扉で、今に続く4扉の標準的な通勤形に至る過渡期の車両なのかと思います。
私も学生の頃から大垣での乗り換えは何度も経験しましたが、この路線に目を向けたのはずっと後になってからでした。
今思えばもったいないことをしたと思いますが、あの頃はあの頃で一生懸命、未知のJR路線を見ていたのだろうと思います。
養老線は近鉄の中でもローカル線扱い、観光列車を含めたメインルートになり得ないと判断されたのでしょうか。
後日、経営分離されることになりますが、今も往年の近鉄の車両が残っていることが、むしろ魅力になっているようにも感じます。
お写真の車両は3扉で、今に続く4扉の標準的な通勤形に至る過渡期の車両なのかと思います。
私も学生の頃から大垣での乗り換えは何度も経験しましたが、この路線に目を向けたのはずっと後になってからでした。
今思えばもったいないことをしたと思いますが、あの頃はあの頃で一生懸命、未知のJR路線を見ていたのだろうと思います。
風旅記さま、コメントありがとうございます。
自分が見ていたのに見えていない世界というものはあります。知識や経験の不足だったり、あるいは判っていても余裕がないこともあります。更に見たくないから目を背けてしまうこともありますね。
ただ、その時に見ていた世界を心の栄養にして成長してきたのですし、見てきた世界もいずれは過去のものになるのですから、それはそれで貴重な時間を過ごしてきたのだと思います。
自分が見ていたのに見えていない世界というものはあります。知識や経験の不足だったり、あるいは判っていても余裕がないこともあります。更に見たくないから目を背けてしまうこともありますね。
ただ、その時に見ていた世界を心の栄養にして成長してきたのですし、見てきた世界もいずれは過去のものになるのですから、それはそれで貴重な時間を過ごしてきたのだと思います。
