平成14年 小田急電鉄

異端児、そう呼ぶしか形容できない電車がいくつか存在する。
それは単に車輌数が少ないというだけではなく、その路線なり鉄道なりのカラーからまったく外れて存在する孤高の存在、そんな車輌たちだ。
代表的な存在は試作車という車輌群、これはその存在自体がそれまでの標準を変革する意図を持って登場しているからある意味、当然である。
しかしそういう性格がないにもかかわらず、また性能不足といった機械的な失敗がないにも関わらず、時代の要請と登場時期が微妙にずれたたために少数派にとどまらざるを得なかった車輌というものも実際に存在する。
その代表的と思っている車輌がこの写真の電車、JR東海が小田急ロマンスカーとの共通運用である「あさぎり」のために平成3(1991)年に製造し運行は始めた371系だと思っている。
カタログ的に言ってしまえば、まず存在自体がたった一編成であるし、あさぎり号自体、小田急の電車が国鉄に乗り入れているという経緯から今も昔も使われているのは小田急ロマンスカーで、旧国鉄/JR東海系列でそのために製造されたのはこの電車のみ、という唯一無比の存在なのである。
そして車輌デザインもこの電車の前にも後にも、こんな思い切った3次元曲線でデザインされた前面の車輌など存在しないし、この写真だとわからないが中間のグリーン車は2階建てで1階と2階の窓が連続して構成されあたかも巨大な1枚ガラスのように見えるという強烈な個性を持ったフォルムである。30年近く経った今、この車輌が新車として登場しても「大胆」と形容されてもおかしくない思い切ったデザインの車輌である。さらに言えば「あさぎり」という列車自体、地味な存在にあえてこのような型破りの電車を持ってくるチャレンジャー精神が国鉄の余韻をいい意味で断ち切る強い意志さえ感じさせた。
しかしそういった革新性とは裏腹に注目度はまったく高まらない。鉄道ファンの間でこの車輌が話題に上るということはまずなかったし、観光客からは小田急といえばロマンスカーである。
白状すると僕自身も最初から気に入っていたわけではない。登場した頃はまだまだJR各社においても国鉄時代の車輌が健在であり、その安定した外観と比べてこの外観は斬新すぎ、前後の系譜を無視した唐突感からなんというか受けるために無理したんじゃないか、とそんな痛々しささえ感じたのが実際のところである。
しかしいつからだろう。国鉄民営化から10余年たったころだろうか、そのころになるとJR各社も社風が確立してきて大胆な冒険心がなくなってきた。そうなるとなぜか急にこの異端児が僕の心の中に住みつき、いつのまにかこの車輌の魅力に捉われていったのである。
そして、齢30代半ばのこの時期、もう鉄道車輌にカメラを向けることはほとんどなくなっていたが、この車輌だけは撮りたい、そう思ってある1日、小田急線へと撮影に出かけたのである。
この時、同時にその小田急ロマンスカーも撮している。HISEと呼ばれる電車で登場も昭和62(1987)年だから同世代の電車。前面展望が売りの歴代小田急ロマンスカーの中でもひときわ窓が大きく、また普通の席も嵩上げされたハイデッカー構造で眺望感では随一の車輌、風格もあり小田急車輌群では女王的存在だったが、371系と比べると外観はいかにも凡庸。まあ、そこまで言うと貶しすぎ、あるいは371系に対してひいきの引き倒し気味か。ただ、同世代でほぼ同じような目的でデビューしたこの二つの車輌であるが、孤高の存在である371系に対して、このHISE10000系は小田急ロマンスカーといえば展望車という公式を裏切ることなく、というより時代の要請に従って素直にそれを昇華した正に連綿と続く系譜の王道を行く車輌。そんな、いわばデザイン的なライバルが呉越同舟、同じ路線を走っていたのだ。正に競演という言葉そのものである。
この2つの電車の登場した背景にはある種の冒険が許された時代の風景が存在した。それはバブルという時代の空気感でもあり、また草創期という限定された時期にのみあった、あるいは許された大胆な試行錯誤。天は時として絶妙な舞台を時代のエージェントたる人々あるいは物に対して与えることがある。そんなことを今回選んだ2枚の写真を眺めながら考えていた。
by michikusajinsei | 2019-10-31 23:01 | 小田急電鉄 | Comments(0)

