昭和60年 山陰本線(その7)

8月の終わり、夏の終わりである。
社会人人生をめぐる季節感の比喩としての夏はまた違う感覚をもつが、人生という時間の中で夏を最も謳歌している時期はと言えばなんといっても10代である。そして僕がその10代という時間を過ごした時代、昭和。
僕にとって昭和の夏の一つの風景は子供の頃の海水浴。あの頃の海岸は若者も多かったが家族連れも多かった。この写真は旅の途中で出会った風景を何気なく写した一枚。撮影当時のコンタクトプリントでは特に感興を覚えず焼き付け仕上げを行わなかった。しかし30年という歳月が経つと時としてネガが退色してモノクロネガ特有のセピア色が出現する。そしてこのような色調になると写真の出来を超えた懐旧の念に激しく胸を揺すぶられることがあるのだ。
平成の夏を過ごしてきた若者、これから令和の夏を過ごすことになる少年少女、彼らはどんな風景をその脳裏に刻み、また刻んでいくのだろうか。
by michikusajinsei | 2019-08-31 22:02 | 山陰本線 | Comments(2)
お久しぶりです!このセピア色の懐かしい色調の写真、私の小学生の頃のアルバムにあります。 昭和30年代です。やっぱり海水浴が多いかな、、^^
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ピコリンさま、コメントありがとうございます。
ブログが長く続いているとの記事読みました。素晴らしいですね。僕も更新頻度は激減しましたが、何とか続けていきたいと思ってます。
海水浴は親子連れでも友達同士でも30代くらいまでの世界。若い時代にしか味わえない行楽のように思います。それがセピア調の階調に包まれると余計に自分たちから過ぎ去った時代への愛惜の念が湧いてきますね。
ブログが長く続いているとの記事読みました。素晴らしいですね。僕も更新頻度は激減しましたが、何とか続けていきたいと思ってます。
海水浴は親子連れでも友達同士でも30代くらいまでの世界。若い時代にしか味わえない行楽のように思います。それがセピア調の階調に包まれると余計に自分たちから過ぎ去った時代への愛惜の念が湧いてきますね。
