昭和62年 小田急電鉄(その2)

人間の脳というのは9歳、小学校3年生の頃に爆発的に進化するらしい。それ以前、以後では記憶の量と質が段違いになるそうである。
言われてみると確かにそんな気がしてくる。僕の小学校3年といえば昭和50年。戦後30年、三木内閣の頃であるが、この頃になってくるとそういう世相の記憶もはっきりしてくる。それ以前、たとえば巨人の長嶋が監督になったのが同じ昭和50年。その監督1年目のデビューというのははっきりと記憶にある。アナウンサーが「さあ、長嶋監督、きょうがその監督デビューです。」といった放送と共に覚えているが、その前年、わずか半年前の引退風景はまったく覚えていない。
相撲もそうである。先代の貴ノ花が初優勝した50年春場所の座布団が乱舞したテレビ桟敷の興奮はいまでもありありと思い出すが、その前年の相撲風景などまったく記憶にない。そう、生まれてはいたけれど昭和40年代というのは自分にとっては過去というよりほとんど歴史である。
とはいえ、時代の風景としての記憶はなくても身の回りの光景は断片的だけど記憶に残る。とりわけ旅の風景は幼心にも刺激的だったのか今でも思い出せるものが多い。この3100系小田急ロマンスカーもそう。
この電車の外観はそれほど格好良いという印象はない。個人的な感覚といえばそれまでだがなんとなくウルトラマンセブンに類似した顔つき(ウルトラマンセブンの方が登場は後だが)に寄り目の前照灯がある意味、愛嬌があるというかある種おもちゃっぽい印象があったのである。ただ、そういったこととは別にこの電車には個人的に特別な感慨がある。
僕が祖母と二人で箱根に初めて旅行行った時、それが今となっては三歳なのか、四歳なのか、あるいはもっと大きいときか小さいときかはもうわからないのだけど、それでも「こんど行く箱根はね、ロマンスカーっていういい電車に乗って行くんだよ。楽しみだねえ」という祖母の言葉を45年以上たった今でもこの電車を見ると思い出す。そしてその時の旅自体はもう覚えていないが、なんとなく臙脂色の座席に祖母に連れられて座った記憶がおぼろげではあるが残っている。
そういった意味で僕にとってはとても懐かしい記憶を呼び起こす大事な電車の一つである。
by michikusajinsei | 2017-06-21 12:19 | 小田急電鉄 | Comments(0)

