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昭和61&62年 近畿日本鉄道(大阪線&名古屋線)

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私鉄経営者としてあるいは電鉄経営者としてと換言しても良いが、その中で最も人口に膾炙していると言えば、阪急グループの創設者、小林一三だろうか。そしてその弟子筋に当たる五島慶太と彼のライバル堤康次郎。この3人はそれぞれの生涯そのものがドラマチックで一企業の経営者を超えた存在として幾多の物語の題材となっている。

その物語の部分は措くとして何よりも経営者として彼らは電鉄経営を点と線の移動ではなく、エリアとして、つまり面として捉えそこで生活が完結する世界を創造した。小林一三は更に宝塚の創立者として文化人の風貌もそこに伝えている。今風の言い方で言えば鉄道事業者と言うより生活産業の創造者として記憶されるべき人物たちなのかもしれない。また彼らの一生は雌伏と飛躍が激しくドラマチックでそれもまた人々の興を誘うのだろう。

とはいえ小林一三は銀行から、五島慶太は役人から、そして堤康次郎は政界から、いずれも言ってみれば転身組である。だからこそ新鮮な視点があったのかもしれないが、正直なところあまり鉄道事業の経営者という匂いはしない。率直に言えば鉄道会社ではあるが鉄道が主役ではなく不動産の活用が主役なのである。もちろんそれに文句をつけたいわけではない。彼らは確かにそこに我々凡人が見えない世界を見出し需要を創造したのだから傑出した事業家である。しかし僕は鉄道ファンである。やはり鉄道の可能性を事業として追い求めた経営者の方に肩入れしたくなってしまう。

そしてそれはどういった人たちであろうか。
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佐伯勇、根津嘉一郎、土川元夫。

それぞれ日本の三大私鉄である近鉄、東武そして名鉄の中興の祖といわれる経営者である。企業集団としてみれば阪急、東急、西武と比べると地味な印象を与えるが、僕は彼らこそ鉄道会社の経営者としてはその前の世代の3人よりも傑出した存在だと思う。

或いはそれは個性よりも世代の影響が多分にあるのかもしれない。電鉄経営草創期の小林以下19世紀生まれの経営者たちは明治末から大正にかけて電鉄事業が脆弱であるが故に、それ以外の手段で収益を確保しなければ会社そのものが立ち行かないという危機感があった。そしてそれへの回答が不動産の活用による面の支配。エコシステムといえば聞こえが良いが早い話が囲い込みである。

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対して20世紀生まれで経営者としては戦後派に属する彼らは鉄道事業が安定した後にエリートとしてそれを伸ばすためにそれぞれの会社に入社してきた人間である。草創期の3人は事業として私鉄を選んだのではなくたまたま巡り合わせでその会社経営の任に当たることとなった。それに対し20世紀初頭に生まれた3人は、いずれも帝大を出て鉄道を運営している会社を選んで(世襲の根津嘉一郎は必然だったかもしれないが)就職しているわけである。そういう出自の違いがまず意識として違うだろう。

さらにまた、面で押さえるには彼らの鉄道は大きすぎた。だからこそ彼らは鉄道事業の本分である点と線の移動に付加価値をつけることに腐心した。僕にはそう思えるのだ。
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ビスタカーにパノラマカー、そしてDRC。ビスタドーム、前面展望席、全室1等。どの車輌も競争相手の国鉄に負けない車輌を作るために造られた。そして国鉄では絶対に実現し得ない特色を持った車輌たちである。これらの個性豊かな車輌を見るにつけ、良き競争相手だった国鉄車輌の存在は堅実さという点では一日の長があるかもしれないが華やかさという点では見劣りするのは否めない。その意味で正に戦後鉄道の黄金時代は彼らを中心とした私鉄によって作られたと言っても過言ではない。

思うのだが、それは国鉄が彼らにとって単に就職した会社のライバルとして存在していただけではなく同じ帝大出のエリートとして同窓の鉄道省に入省した連中がライバルであったことも影響したのではないか。何事も序列をつけたがるエリート社会の中で私鉄はローカルな存在。やはり頂点にいるのは鉄道省や国鉄である。しかしそれが何ほどのものか。ローカルな存在ではあるが自分たちが選んだ道はそこである。少なくとも国鉄と競合する路線だけは全国区の彼らに負けたくないという気持ちというか意地も少なからずあったのだと思う。

実は今回の近鉄シリーズは今日で終えるつもりでしたが、彼らのこと、別して佐伯勇をもう少し書きたくなったので本線である大阪・名古屋線から路線を変えて続けます。



by michikusajinsei | 2016-05-03 22:02 | 近畿日本鉄道 | Comments(0)