平成元年 名鉄

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by michikusajinsei | 2015-05-02 08:47 | 名古屋鉄道 | Comments(2)

Commented by 風旅記 at 2018-09-08 20:13 x
こんばんは。
名鉄を初めて旅したときには、ローカル線を走るレールバスは既に走っておらず、経営改善のできなかった岐阜市内の路面電車や三河線の碧南以南、猿投以北、八百津線は廃止されてしまっていました。
あともう少し早くに関心を持って訪ねていればと悔しく思ったものです。
お写真を拝見しまして、改めて、極限までコストを下げようと努力していたことが伝わってきました。
電車よりも一回りもふた回りも小さい車体、鉄路を残すためにここまで踏み込んでもだめだったか、と残念な気持ちになります。
決して沿線に人口がないわけではなく、家並みが途切れることなく続いているのですが、この小さな車両を走らせ続けることもできないくらいに誰も乗らないとは…
私自身は見ることのできなかった名鉄の一場面、お写真をゆっくり拝見させて頂きました。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/
Commented by michikusajinsei at 2018-09-10 23:05
風旅記さま、コメントありがとうございます。

当時の実感としてレールバスは新車導入ですし、岐阜市内線も体質改善を進めており、なによりも都市交通として路面電車が見直されている風潮でしたから、どう時代を経験したものとしてこれらの廃止は予想外でした。

点と線でなく面で地域交通を担った大私鉄、近鉄、名鉄、東武はその全盛期、佐伯勇、土川元夫、根津嘉一郎という強烈な個性を持った経営者が経営していました。鉄道が陸の王者であった時代に入社した彼らにとっては事業の拡大と同じくらい鉄道を維持することそれ自身に強い使命感を持っていたのだと思います。しかし、それも今となっては「強者どもの夢の跡」という感がありますね。

無常と無情、音が同じ二つの言葉についてこのブログでも書いたことがあるですが、まさにそれらの言葉が当てはまる昨今の私鉄事情ですね。