昭和63年 近畿日本鉄道 あおぞら

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別の年に撮した写真だが、改めて正面の迫力というか押し出しの強さは本邦無双の存在感がある。無骨な門型の鉄製架線柱との組み合わせもいい。

by michikusajinsei | 2016-04-30 09:12 | 近畿日本鉄道 | Comments(0)

昭和62年 近畿日本鉄道(大阪線3)

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また、この頃の近鉄に通ったのはもう一つお目当てがあった。
それがこの車輌、20100系、あおぞらである。
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マッコウクジラを彷彿させる総二階建のこの車輌は他の車輌にはない日本離れしたスケール感、重量感があった。

特に最初の写真。このとき見た6輌編成は圧巻で、どちらかというと優美な車輌を好む僕でさえその迫力に圧倒され通過後もしばらく興奮が収まらなかった思い出がある。
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しかし迫力がこの車輌の持ち味かというと僕はそうではないと思う。

おデコのツルッとした曲線とそれとは対照的なカチッとした直線で構成された広窓が上下に並ぶ側面、床下機器を見せないように覆う長いスカート、上下の階を分けるように横一文字に入った赤い塗装、それに新ビスタカーを彷彿させる菱形のヘッドマーク。

何よりもくの字に折り目がついている側面が、2階建車輌が時として陥る大味さの弊を防ぎリズミカルで軽快な外観をもたらしているように思える。

ビスタカーやラビットカーといった昭和30年代の近鉄車輌を設計したデザイナーの力量は本当に素晴らしい。

そんなあおぞら、大好きな車輌だったが団体専用列車なので遂に乗ることが叶わなかった。
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この写真を撮ったのは夏、蝉しぐれの中の撮影だった。天気も良く車輌も美しくとても楽しい時間だったが、目に沁みるような緑の中を窓をいっぱいに開けて薫風を味わう時間を持てなかったのは、今でも残念で仕方がない。


by michikusajinsei | 2016-04-29 22:52 | 近畿日本鉄道 | Comments(0)

昭和62年 近畿日本鉄道(大阪線2)

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何よりも近鉄が楽しかったのは多彩な優等列車が走っていることだった。中でもちょうどこの頃に登場したアーバンライナーは衝撃だった。

まさか本気で新幹線と張り合う目的で車輌を新造するとは思いもよらなかったし、そしてライバルたる0系を圧倒する胸のすくような斬新な外観に初めて見た時、本当に瞠目したものだった。
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とはいえ新進気鋭のアーバンライナーに対し、近鉄特急群の主といえばやはりスナックカー。殊に原型車輌のやや古めかしいデザインの特急マークは、控えめであるけど典雅で奥ゆかしい雰囲気を醸し出し、日本国揺籃の地を走るにふさわしい外観であるように当時から思っていた。

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さらにアーバンライナー以前の近鉄を象徴するビスタカー。だが実は、この車輌はそれほど好みではなかった。

遂に実見することは叶わなかった先代、先々代には存在していたビスタドームの中間車と先頭車の間の造形的な一体感が失われ、なんとなく機関車代用の電車が二階建て客車を牽引しているような印象を持っていたからである。

とはいえ室内の造作は素晴らしくて、階上席は明るいグリーンの座席と若草模様のカーテン、そして広い窓に2階建車輌とは思えぬ天井高は当時これほど透明感と開放感のある明るい車輌はなかったし、一転して階下席は、こちらは利用したことはないけれど、全室個室という構成は当時の欧州で一世を風靡したTEEという全室一等の豪華特急ラインゴルドやミストラルといった列車を想起させ日本離れした贅沢な雰囲気を纏っていた。
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そしてまたこんな車輌の特急も走っていた。正直申せば未だに形式名を思い出せない。しかし、なんとなく新ビスタカーB編成を彷彿させるデザインの外観は一見の格好よさとは正直無縁だけど、僕のような系譜好きには地味な外観の背景に往時の名阪ノンストップ特急を想起させる存在だった。上に書いた30000系ビスタカーとは逆に、独立した車輌でありながら先代ビスタカーとの造形的な一体感をそこに見出していたからである。









by michikusajinsei | 2016-04-27 23:13 | 近畿日本鉄道 | Comments(2)

昭和62年 近畿日本鉄道(大阪線1)

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日本には大小、様々な私鉄があるがスケールの大きさということでは、東の東武と西の近鉄が群を抜いている。

この両社、どちらもお伊勢さんに東照宮と参詣輸送を長く担い、また現代においても方やあべのハルカス、こなたスカイツリーとこれまた東西で高さを競うシンボリックな建造物の運営主体であるなど、示し合わせたわけではないがなんとなく同じようなことを考えているように思えて何だか可笑しい。
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それはともかく鉄道車輌もまたスケールが大きいだけに数を揃える必要があるからか標準スタイルが一度決まるとそれが長く続く。たとえ異形式であってもまるで窓抜きの型代を節約することが目的であるかのようなシルエットが同じ車輌が横行するというのが端から見た僕の感想。そんな印象を持つ両鉄道だけど、両鉄道を劃する大きな違いは中距離電車への姿勢だろか。

東武鉄道も6000系という性格俳優がいるが、どちらかというと8000系系列の通勤型車輌がどこにいても顔を出すというイメージがある。それに比べると近鉄はクロスシートの比率が高くてより幹線鉄道の趣が濃い。もちろんそれはクロスシートの存在だけではなくて参宮急行電鉄と同時に名阪間を鉄道省と競った関西急行電鉄という都市間輸送を母体に持つ出自の性格もあるだろう。そして僕は戦後の80系に先魁る長距離電車輸送の歴史と車輌達に惹かれ、その面影を求めて関西に行くたびに訪問した。



by michikusajinsei | 2016-04-25 22:20 | 近畿日本鉄道 | Comments(2)

昭和63年 梅小路(その3)

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鉄の質感とは時に思いもよらぬ艶かしさを見せることがある。特に駆動部に使われる時、その身に纏うオイルの輝きも手伝って金属という言葉の持つ冷ややかなイメージを裏切るような表情を見せてくれる。

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そしてそれとは別に加工方法の違いによる質感の違いもまた、これが同じ素材かと思うほど違う表情を見せる。

鋳造、鍛造、板金加工...それぞれが適切に組み合わされ一つの機械が組み上げられていく。

蒸気機関車を観察する楽しみは、そういった素材や製法の違いを設計家がどのように組み合わせで考えていたのかを想像する楽しみもあるように思う。

by michikusajinsei | 2016-04-23 07:25 | 国鉄蒸気 | Comments(0)

昭和63年 梅小路(その2)

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その国鉄蒸気の中で最も好きなのが、この機関車。18900、C51である。

少し前になるが、『とれいん』のインタビュー記事で摂津鉄道で有名な坂本衛さんが明治とも昭和とも違う大正時代の車輌への愛着を語っていた。曰く明治も昭和もそれぞれ時代の先端を走る洗練された雰囲気があるが、同時にある種、近寄りがたい印象がある。それに比べて大正時代の車輌はどことなく柔らなか印象があって親しみやすい、というような趣旨で語っておられた。

この時はC51ではなく4110の模型を前にして語っていたと思うのだが、それはともかく、この言葉くらい大正の車輌、就中C51の良さを簡にして要を得て語っている文章はないと思う。同時に鉄道という枠を超えてその時代特有のデザイン感を的確に表現しておられており読んでいて思わず唸ってしまった。

確かにバロック的な荘厳さの明治、シャープなモダニズムの昭和はそれぞれ鉄道風景にも強く感じられる。
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明治期は国産車輌はほとんどないがその代わりとして東京駅に代表される駅舎がそうだ。明治期の駅舎、特に鉄道の存在感が増していった中期以降に建設された駅舎は町の玄関として華麗な装飾を施したものが多い。

一方、昭和モダニズムを象徴する車輌といえば、C53、そしてP-6。どちらも無駄のない直線で構成された機能美をよく体現しているように思う。

対して大正時代はどうか。
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重厚無比と評されることもあるD50でさえ、サンドドームや化粧煙突、全面デッキの丸みに上の二つの時代にはないある種の野暮ったさと同時に柔らかさを感じてしまう。

そして僕はそのデザイン的に甘いところ、明治の様式の影響を受けながら一方でのちのモダニズムにつながる機械を全面に出した荒々しい造形に例えようもない独自性と魅力を感じるのだ。

by michikusajinsei | 2016-04-19 23:44 | 国鉄蒸気 | Comments(0)

昭和63年 梅小路(その1)


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僕は成人を昭和の時代に迎えた。

もう平成が30年近く経とうとしている今となっては、それだけで十分昭和を経験している世代と言われるであろうが、それでも昭和の醍醐味を実感しているかといえば微妙に間に合わなかったという感覚がある。僕の同世代は自分の決めた定義では昭和39年から44年生まれの学年だが、昭和あるいは日本の近代を完全に味わうにはほんの少し間に合わなかったのではないか、そんな感じがするのだ。

昭和、あるいは昭和戦後としても良いが、昭和生まれの白眉といえば東京オリンピックと大阪万博である。我々の世代はもちろん東京オリンピックは知らないし、大阪万博も全員記憶があるとは言い難い。そういう意味では東京オリンピックの記憶はともかく、大阪万博、あるいはそれらのイベントの背景にあった高度成長と言われる時代である昭和40年代をきちんと記憶している年代となると自分たちの先輩にあたる昭和33年から38年に生まれた世代まで遡ってしなうのではないか、そんな風に思えるのだ。

そして、その象徴とも言えるものが鉄道趣味の世界では蒸気機関車。

Fのデッキ付き電気も旧型国電(といより省電)も旧型客車も知っているが蒸気機関車は残念ながらそれと意識し見たことはない。世代で見ても、もちろん地域差があるので同列には言えないけど、幼児の乗り物好きを脱したレベルで蒸気機関車に触れることが可能だったかといわれるとなかなか力強く肯定的な回答を出来る人はいないのではないか。
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僕自身にとってみても、見たことがあるかといえばあるのかもしれない。横浜から蒸機が消えたのは昭和45年で、その頃蒸機が通る貨物線の近くをしょっちゅう通っていたのでなんとなく記憶にないでもないが、その後の記憶の補強だろうと言われればそうかもしれない。その程度の非常に儚い記憶でしかない。

だから、正直なところ蒸気機関車を知っている世代には羨望がある。そうついに僕たちは、その時代を共有し得なかった、という事実に。

そしてだからこそ、上の世代の方が「見世物興行」と言って見向きもしなかった梅小路機関区は僕にとってはとても大事な場所だった。ここに行けば常時煙を上げている罐がいたし、また火が入っていなくても本線につながっている、ただそれだけで公園や博物館におかれた蒸気機関車とは違う存在感があった。

by michikusajinsei | 2016-04-17 23:16 | 国鉄蒸気 | Comments(0)

平成28年 喜楽軒(その3)

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福建風海鮮焼きそばとメニューにありましたが、これはシンガポールにいた頃よく食べた好物のホッケンミーではないですか。

実は福建の言葉ではまた別の言い方があるのですが、日本の漢字にない言葉なので何て言うのか判りません。
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これは別の日の某所で食べた長崎ちゃんぽん。一説によるとちゃんぽんの源流はこのホッケンミーだそうで味は同じではないですが、なんとなく似てます。兄弟というよりは、いとこかはとこかってな感じでしょうか。近さと遠さが同居している感じ。ちゃんぽんはやっぱり日本的です。どんなところか。

それはスープですべてを包み込むところでしょうか。ホッケンミーはスープは脇役というか調味料という感じですね。汁の味わいそのものは同じように感じるのですが飲むものではなく他のものを浸しているもの、と言えると思います。だから、そいう意味では確かに焼きそばに近いのかもしれません。

ま、そんなことは措いてこのホッケンミー、海鮮スープにやや塩気のある平打ち麺がよい刺激となっておいしいですよ。唯一の不満は麺の切られている長さが短くて少しブツブツして食べづらいことでしょうか。

もっともこれはレンゲがあれば解決しますから大きな問題ではないです。もっともそれは非伝統的な食べ方ですから、言わないと持ってきてくれません。ただ、たかがレンゲですが、意外とそれは奥が深いかもしれません。

ちゃんぽんとホッケンミーの距離。味わいだけ見れば上に書いたように親戚関係にある。でも供食という点ではどうでしょうか。やっぱり僕はちゃんぽんの方が食べやすい。いやそこに優劣を表明したいのではありません。なんというか、ホッケンミーは福建の人がbestと思って受け継がれたスタイル。そしてそれはちゃんぽんも同じ。二つの地方ともどちらかに収斂しておかしくない土壌がありながらそうではなくて両者共に存在する。そんなところにある意味、味覚とは別の文化の味わいを感じます。


by michikusajinsei | 2016-04-15 21:13 | 横浜 | Comments(2)

平成28年 喜楽軒(その2)

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さて、そんな華人・華僑達が憩うところは故郷の味を伝えてくれる食堂。この喜楽軒、帰国した後にとあるスナックの女性に教えてもらったんですが、名前だけだと普通のラーメン屋みたいなんですけど入るとビックリ。もう大陸の空気感そのまま。どうやら福建というか福清市のソウルフードを出す店のようです。なお今も昔も華僑や華人でもっとも多いのは福建出身者だそうですが、商売を考えて最近増えている山東省や四川省出身者に来てもらうためか、唐辛子を多用した料理も結構ありますね。ちなみにメニューも日本人用と華僑用の二つありますから、ふらっと入ってきた日本人にはそれを出しているみたいです。もちろん僕は華僑用メニューから選びます。

選んだものは写真のこれ、福清パンだそうです。食べたこはもちろん見たこともないので早速注文しようとしたら、店のオバチャンがやめろ、やめろと言います。聞いてみると味がなくてとても硬いから日本人にはまず食べられないよ、だって。そう言われると日本人としての誇りを汚された気がしてぜひ食べてやる、ってな妙な愛国心が湧き上がり強引に注文。
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でも、もしほんとに硬くて食べられなかったらどうしよう、なんて心配になりワンタンスープも同時に注文してしまいました。石みたいに硬くても石じゃないんだから最悪ふやかしてしまえば食べられるだろうという目論見です。

さてさっそく食べてみますと、思ったほど硬くありません。シットリ感はないのですが意外と香ばしく、この時は頼んでいないのですがもしかしたらビールにもあうかもしれません。ただ中に挟まれたチャーシューとのハーモーニーははっきり言ってないです。これは腹を満たすため、そして味に変化をつけるためだけにそうしたのでしょう。そういう意味では日本の調理パンや饅頭とは方向性が違うんじゃないでしょうか。

そしてワンタンスープ。これはシンガポールでよく食べた味ですね。ちょっと酸っぱい味がしてワンタンも小ぶりでシンプルに肉だけがぎゅっと詰まっています。

正直に言ってこれらはほっぺたが落ちるような美味しさとか、珍味といって珍重するような類の料理ではなかったです。また周りで食べている華僑達もこんな貧しい料理は食べてませんでした。でも思うんですが、こういうものを置いてあること自体が大事なのではないでしょうか。

これらは日本人向けにエスニックを売り物にする店ではないですから、珍しいことを演出するためにおいているわけではないです(注文するのをやめろなんて言うくらいですから)。だから、こう言ったものをたまに無性に食べたくなる人たちが訪れるのでしょう。

店の造作は特に日本の中華料理店として普通。清潔ですが過剰な演出があるわけではないです。日本人が普通に昼定食を食べていてもおかしくありません。でもなんか雰囲気が違う。それは壁に貼られた和風中華とは異なるエキゾチックな数々の料理の写真の影響もありますが、何よりも故郷を離れて遠い日本で懸命に生きている、そして時としてどうしようもなく望郷の念にかられ、せめて食べ物だけでもそれを満たしたくて訪れてくる人たち。そして、彼らの需要に応えようという店の姿勢。それが冒頭に書いた大陸の空気感を醸し出しているのではないでしょうか。

この店で食べながら次々に訪れてくる人たちを眺めそんなことを感じていました。

by michikusajinsei | 2016-04-13 21:16 | 横浜 | Comments(2)

平成28年 喜楽軒(その1)

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僕たちは、大陸或いは台湾に住んでいる方以外の漢民族を華僑と呼びますね。そして彼ら同胞が集まって暮らしているところがチャイナタウン。

だから僕はシンガポールに赴任するまで、なんであの国にチャイナタウンがあるのか判りませんでした。国全体が華僑で構成されたチャイナタウンみたいなもんではないかって思ってました。

でも暮らしてみて話をしていると違うんです。彼らに言わせると自分は華人であって華僑でない。その違いは何か。これは人によって違うことをいう場合もあるのですが、主流の意見は華僑はまだ本籍が大陸にあり国に帰るかどうかはともかく故郷とのつながりを残している人。対して華人とは人種的には漢民族であるが、大陸とのつながりは祖父の世代くらいまで遡なければならず、戸籍も移し教育もその住んでいる国で受けている人だそうです。要は住んでいる年月もそうですが、何よりも故郷、いや世代をまたぐ場合もあるので父祖の地というべきか、そことの繋がりを維持し続けるかどうかで分かれるようです。

ですから一家意識が強いとか拝金主義だとか漢民族共通の性格はあるんだけど、華人という意識になってしまうと当人たちは大陸の人々を全く違う世界の住人だと思っているし、向こうも同じ感覚のようです。もっとも日本に住んでいる漢民族系の人は、その意味ではほぼ全員華僑ですから、我々日本人が華人と華僑は違うんだと言われてもピンとこないのはやむを得ません。

いずれにしても華人にせよ華僑にせよ故郷を出てきた人には違いありません。

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少し長くなってしなったので、この話は次回もしたいと思います。

ちなみに本日の写真の料理は、豚耳のニンニク醤油漬け、それに海鮮ビーフン。

豚耳はビールのつまみです。豚耳自体に味があるわけではないのでこれは食感を楽しむもの。また海鮮ビーフンはアサリやイカにエビと具は特別変わっていませんが、何といっても海鮮の鮮度は日本はいいですし油も軽いのを使っているようでアッサリしていても油のコクと海鮮の出汁が混じっておいしかったですよ。

by michikusajinsei | 2016-04-11 21:03 | 横浜 | Comments(4)