連絡

少し留守します。

by michikusajinsei | 2015-04-21 01:23 | Comments(0)

昭和60年 東京駅

a0322896_07313336.jpg殆ど全員、山手線を待つ...これはこれで珍しいな。

そしてサラリーマンは殆どが上着着用。これもまた昭和後期の光景

by michikusajinsei | 2015-04-20 07:37 | 国鉄 近郊型電車 | Comments(2)

昭和60年 東京駅

a0322896_10405846.jpg昔の写真を見る楽しみは色々あるが、やはり何と言っても興味が湧くのはその頃の風俗がさりげなく写っているところだと思う。

今週、鉄犬殿のブログに触発されて30年前の東京駅の写真を見ているが色々な今との違いがあって見ていて興味が尽きない。

例えば今の時代、銘仙の着物を無造作に着こなしている婦人を見る事はほとんど無いが、この写真に写る中央の老人のように、裾がダブルのズボンにソフト帽、腕にはステッキという戦前の風俗をそのまま体現しているような人をみることは、もう絶無である。でも自分の祖父もそうだったが明治生まれが矍鑠としていた当時は別に珍しくもない姿であった。

同じように階段を上る青年も老人の後ろにいる壮年の男性もタバコを自然に手にしている。これもまた今ではありえない姿である。そしてスーパーニッカのラベルデザインもまた違う。

自分のブログのタイトルは「もう一度逢いたいあの車輛たち」であるが、実は逢いたいのは車輛だけではなく、あの時代の風景であるのかもしれない。

by michikusajinsei | 2015-04-19 11:31 | 国鉄 近郊型電車 | Comments(0)

昭和60年 東京駅

a0322896_12495526.jpg東京駅に帝都時代のドームが再建された事は反対ではないし、それはそれで快挙だと思っている。ただ同時に、戦後という時代の生き証人を残すという意味では戦後に作られた屋根が消えてしまったのは惜しい気がしてならない。

復興期の建築は時代の限界から資材も施行も充分とは言えない状況で作られたのだと思う。その意味で耐震性のことを持ち出すまでもなく使い続けるのにはその前の戦前建築よりも難しいのかもしれない。だから今、それらを目にする事はほとんど無い。

しかし、しかしである戦争が終わって焼け野原に立った我々の祖父母の世代がなんともしても生き延びる、そして少しでも良いものをまた生み出すとの心意気で懸命になって作ったのも復興期の建築である。その頃の気持ちに思いを馳せる象徴が全く無くなってしまうのは本当に良い事だったんだろうか。

それにしても、この頃の東京には空があった。つくづくそう思う…。



by michikusajinsei | 2015-04-18 17:37 | 国鉄 近郊型電車 | Comments(2)

昭和60年 東京駅

a0322896_12495214.jpg山手線内回りホーム、バブル直前の東京駅

by michikusajinsei | 2015-04-18 12:53 | 国鉄 近郊型電車 | Comments(0)

昭和60年 東京駅

a0322896_08144113.jpg構内禁煙、そして男女雇用機会均等法施行以前の風景...

by michikusajinsei | 2015-04-17 08:27 | 国鉄 近郊型電車 | Comments(0)