昭和51年 東戸塚

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ブログを開設し3ヶ月近くになる。エキサイトブログには累計のカウンターがないのでPVの合計は判らないが、管理者データを見ているとお陰さまで毎日コンスタントに延べで数十人の方に見ていただいているようである。正直とても嬉しい。特に斯界の人気ブログである「イヌゲージ鉄犬」「吊り掛け電車をもとめて」にてご紹介いただけたことが大きく、それにより訪問者数、PV数共に一挙に増えた。改めて、わんわん殿、chitetsu殿の両先輩に拙ブログを引用していただいたことへの感謝を申し上げたい。

ところで多くのブログにある機能の中でエキサイトブログにないものがカウンターと並んでもう一つある。そう作者のプロフィールがない。いったい道草人生とはいかなる奴か。そこで数年前に、あるところに書いた自己紹介文を転載したいと思う。

20代で出会ったニコライ・ヘル、マスターキートン、斎藤杢之助、そして車寅次郎が送った人生、すなわちアンチヒーロー的世界観から抜けきれず40も半ばになりました。普段は建築逍遥と邦画の世界、サッカー、そして汽車・電車に乗るのが好きです。

男の子が憧れるヒーローは二つのタイプがあると思う。一つはリーダー。NHK大河ドラマが繰り返し描く世界である。もう一つは思想はともかく一人で生きていく男、バガボンドの世界である。そう、僕が憧れている人たちは後者の世界、そして実在の人物より架空の人物である。ニコライ・ヘルは「シブミ」、斎藤杢之助は「死ぬことと見つけたり」という小説、マスターキートンは漫画、車寅次郎は説明するまでもなく「男はつらいよ」のそれぞれ主人公である。

もちろん、憧れと現実は異なり現実の自分は至って小心者、一人で生きていくどころか学校を卒業してから転職することなく、そしてその会社が一回倒産してしまったにも関わらず同じ会社で働き続けている。

それはともかく、ここは鉄道ブログなので鉄道に関して言えばどちらかと言うと自分が実際に見た事がない車輛が好きだった。以前のハンドルネームであるC51225なんてその最たるものである。ただ齢も50が近づいてくると自分が若い頃見ていた車輛が殆ど無くなっている。そうなると、特に若い方から見ればこのブログに登場する車輛たちは全て過去の国鉄時代の車輛なのであろう。でも自分史的な世界では過去と現代を区分する年がやはりあって、それは昭和50年から51年にかけてである。この頃から放課後に電車を見に行ったり鉄道雑誌を読むようになった。その時代の印象はとても強く、たとえ無くなっても、この時代に生きていた車輛たちは僕にとって全て現代の車輛なのである。

今日掲載する写真はその頃に撮った一枚。もちろん小学生が自分のカメラなど持てるはずもなく、そもそもカメラ以前に量販店もない当時のフィルムはとても高く小学生の小遣いでは到底手が届かなかった。当然、親のカメラ、しかも親達が何かの用事で写真を撮った折りにコマ数が余った場合にのみ使わせてもらえた。そしてカメラ自体も一眼レフのような高価なカメラではなくコニカかオリンパスの単焦点レンズカメラ(あの単語使用は自粛します)である。

今もその頃の写真が少し残っているが、殆ど手ぶれかシャッタースピード不足でかろうじて車輛が写っているのが判る写真ばかり。その中で、本日の写真は偶然カメラを振り回したタイミングと車輛のスピードが同期し、ピントが合っている数少ない写真の一枚。ピントが合っている以外に取り柄がある訳ではないが、駅が出来る前の東戸塚で撮ったものであり被写体がEF13という保存機がない幻の車輛であることから興味を持ってもらえる方がいるかもしれないという事からアップした。

ただ本当のところはそれだけではない。実は本日は自分の誕生日、せっかくブログを開設したので、それが続いているうちに自分の鉄道趣味の起点であった時代の写真をブログに残したいと言うのが正直なところである。

子供じみた自己顕示欲ですが、お許しを。



by michikusajinsei | 2015-02-24 20:56 | 首都圏 貨物列車 | Comments(4)

休憩

お呼びがかかって、ちょっと出掛けてきます。明日更新します。

by michikusajinsei | 2015-02-19 00:54 | Comments(0)