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昭和61年&62年 福井鉄道(その8)

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線路際干物系の車輌を探し「珍品、珍品」などとそんなことで悦に入るようになるのが昂じてくると、目の付け所がだんだんあらぬ方向に行ってしまう。

この世界における珍品とは、たいていの場合「古い」と同義語だからよく言えば骨董趣味といえるかもしれないが、骨董品にもササビーズやクリスティーズのような重々しい舞台で白手袋をはめて扱われるものもあれば、各地で開かれるボロ市のように古道具屋の在庫処分みたいな世界もある。

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鉄道趣味も同様で、車庫の中で大切に保管されている由緒正しき車輌もあれば今回のように側線で半ば朽ち果てているような車輌にも履歴を辿ると侮れないものがあったりする。それらを追いかけるのはさほど珍しいことではなく、ある意味、鉄道趣味雑誌をよむような鉄道ファンとしては当たり前のことであるが、今回の写真は車輌どころか台車、それも普通の運転用に使われている台車ではなく工場で修理の時に使う仮台車、こんな部品然とした車輪にまで目が行くようになるとかなり危ない。

そしてそんなものに注目してしまった時の写真である。

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実は、以前京福電鉄で同じものがあったのを掲載しているのだが、改めて注目するとこれは明治期に使われていた車輪、この世界で言う所の「松葉スポーク」普通のスポーク車輪が平らな板材なのにこれらは松葉のように膨らんで車輪を支持しているのが特徴。

知識では知っていたが、さすがに明治の遺物が目の前に転がっているとたとえ仮台車のようなものでも現役といえば現役、つい興奮して何枚も写真に撮ってしまった。
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しかも、よく見るとなにやら車輪に刻印が打ってある。
実は今に至るもこの刻印の意味する所はわからないのだが、材質か製造番号かなにかの符号なのではないかと想像している。

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福井鉄道にしても京福電鉄にしてもその開業は大正寺代、創業当時の車輌にこれが使われていたのがそのまま遺った可能性は低く、おそらくどこかの時点で中古車輌に使われた車輪が伝わったのだろうが、それにしても物持ちの良い鉄道である。

この車輪のある種の考古学的な貴重さはさておき、古くても使えるものはできる限り使い無駄にしないが故に残った車輪。

まさに共働き率、貯蓄率が全国でもトップクラスで質素倹約を誇る福井県民の性格をそのまま体現したような線路際の情景と言えないだろうか。

by michikusajinsei | 2017-03-30 00:11 | 福井鉄道 | Comments(0)

昭和62年 福井鉄道(その7)

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今でこそインターネットでその道の通が車輌の解説をしているサイトがあるので、このような線路際に鎮座している車輌の履歴もかなり辿れるが、この当時は「私鉄車輌巡り」みたいな記事でも紹介されるのは普通の旅客車か機関車まで、貨車の記載などはまず見なかった。

だからパッと見て珍しい車輌だ、と思ってもそれがどれくらいの価値があるのか判らず、また調べる手段も知らないので、せいぜいこのように見つかれば銘板を記録する程度。おおかたは「この鉄道には個性的な車輌がいるな」でおしまい。近年までその存在を忘れていたのが正直なところである。

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そして今、30年ぶりにネガに光を当てたこと機会にそういった先人の記録でこの車輌のことを調べてみると、この車輌は銘板の通り昭和5年に当時の浅野セメント向けに系列の浅野造船所で製造された車輌。その当時は車掌室をデッキの上に載せていたそうである。浅野セメント向けなので当時は石灰石輸送用に使われたが流れてきた福井鉄道ではバラスト散布用に使用されていたとある。

やはりそうであったか。

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今も昔も珍品車輌が残っているのは営業用ではなく、このような事業用というのが通り相場。お金がないのでなるべく中古をさらに安く、また多少の程度の悪さには目をつぶってということで古い車輌が選ばれたのだろう。そんな状態の車輌であるからガタがきていてもおかしくなく、営業に使用してトラブルがおきたらまずいという本来であれば敬遠される要素が逆に活用されるという怪我の功名みたいな履歴の車輌たちである。

この全く同じ用途かつ更に古い車輌が北陸鉄道にもいて、それは以前このブログでも写真を掲載したことがあるが、これらの車輌たちは現役時代に注目されたことはまずなかった。

しかしである、前回の記事にシグ鉄さまからいただいたコメントの返信にも書いたが30年前は線路際で干からびて化石のような印象を与えたこの車輌が、その履歴と特殊な用途の生き残り車輌ということで価値を見出され、今では綺麗に色を塗り直されて保存されているとのこと。それを知った時、軽い驚きを覚えたのが正直なところである。

30年という歳月で鉄道趣味界も変わってきたのだなと思う。

by michikusajinsei | 2017-03-27 22:07 | 福井鉄道 | Comments(0)

昭和62年 福井鉄道(その6)

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子供が最初に好きになる汽車電車はやはり地元を走る車輛、それからその当時の花形車輛というのが通り相場。それでも鉄道趣味雑誌などを買いだすようになると、過去の名車や、引退まじかの車輛などが気になってくる。

そこまでは自然でだれしもが通る道、鉄道趣味に求道みたいなものがあるとしたら、そこから先にどのような進歩(?)をたどるか。

まあ、それはそれこそ趣味の問題。外野がどうこういう話ではないが、それでもあまり他人さまが手出しをしない分野に魅力を感じるようになると、自分でも時に「俺は何やってんだ」的な心境になることもある。

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僕も出発点は地元、東海道線の車輛と横浜市電で、次にブルートレインや当時皆がこぞって追いかけたEF58などの花形車輛に熱中したものである、とここまでは普通だが、それらが一段落してくると結構気になったのが線路際であまり動かない車輛。特に普段走る姿を見かけない特殊な貨車などに目が行くようになった。正に病膏肓である。

そして、それらの車輛が多かったのは地方私鉄、それもまた僕が地方私鉄を訪れるようになった理由の一つである。

by michikusajinsei | 2017-03-24 06:14 | 福井鉄道 | Comments(2)

昭和62年 福井鉄道(その5)

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機械である電車に感情が現れるわけはないのだが、いざ写真を見ていると同じ車輛でもなんとなく表情の違いを感じることがある。

前回の記事で冬の鉄道車輛の持つ精悍さを書いたが、この写真を見ていると残雪が見えるとはいえ、春の日差しに照らされて走る車輛にはその前の季節に感じた厳しさは薄れなんとなく伸び伸びとした感じを受けるような気がする。

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まあ、身も蓋もないことをいってしまえば、それは太陽光線の角度や強さの違いであるけれど、そうは言っても柔らかい日差しに包まれた車輛を見ていると季節の変わり目というものを実感する。

by michikusajinsei | 2017-03-20 07:37 | 福井鉄道 | Comments(0)

昭和62年 福井鉄道(その4)

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関東南部の神奈川育ちにとって、雪景色の中を走る鉄道はとても心躍るものがある。それは景色それ自体も魅力的だが、雪と闘う車輌には独特の精悍さというものが感じられて、普段はおとなしい外観をしていても、雪景色の中に置かれると隠れていたその車輌の機能美が浮かび上がる、そんな印象をよくもったものである。

そしてその中でも、特に輝きを増していたのがこの福井鉄道200系。

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この鉄路の千両役者はどの季節においても存在感を際立たせているが、この雪景色の中ではそれ以外の季節に感じる端正さは後退し、益荒男振りとでも形容すべき豪快さを感じたものだった。

by michikusajinsei | 2017-03-16 23:42 | 福井鉄道 | Comments(0)

昭和62年 福井鉄道(その3)

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この都市間連絡という特徴が福井鉄道をして他の地方私鉄にはない洗練された雰囲気をまとわせていたのではないか。今振り返るとそんな気がしてくる。

福井鉄道の場合、福井県の中核都市を結んでいるとはいえ決して輸送量は大きくない。だから列車編成は基本2輌でまかなえてしまう。その意味では他の地方私鉄と特に変わらないが、見ていてなんとも言えない品というものを感じるのだ。

その印象にはやや明度を落としたクリームと青のダブルトーンの塗装。これが大きく寄与していていたように思える。エースである200系はもちろん、その他の車輌もこの落ち着いた塗装が、山紫水明の風土に浮かず埋もらず確かな存在感を与えていた。
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またライトがその頃流行ったシールドビーム2灯などに改造されていないことも美観の維持には貢献していたし、車輌正面の下にある排障器が力強さを与え、狭軌車輌に感じるある種のひ弱さを減じている。

この上の写真は160系という元々は別の車輌を1台に改造した名物車輌で1輌の長さは路面電車と似たようなレベルであるが、やはりそうした特徴を備え鉄道線を走っていると路面電車にない存在感がある。

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しかし車輌の魅力もさることながら当時の福井鉄道で記憶に残るのは「活気」。閑散としていた地方私鉄が多い当時、都市部と都市間の二つの性格を持つためかかなり乗客が多く、それが当時の自分に最も印象が残ったことだった。


by michikusajinsei | 2017-02-25 13:15 | 福井鉄道 | Comments(0)

昭和62年 福井鉄道(その2)

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しかし、実はそうではなかった。
その頃、愛読していた「とれいん」で松本主筆がミニコラムみたいなものを書かれることがあったが、そこで日本ではインターバーンと呼ばれるのが普通だが英語表記だとInter Urban、インターアーバンと書くほうが正確であるということを述べている記事がでたのである。いや、これには驚いた。

でも言われてみれば納得である。確かに「インターバーン」と紹介される電車はアメリカ型ばかりでドイツの電車など見たことがない。なによりも英語表現をきちんと調べればすぐに分かることである。つまり自分が勝手に想像していた郊外と市内をつなぐ電車ではなく都市間を結びながら市中では路面電車のような道路を走る鉄道というのがこの名称の由来だったのである。

もちろんこの定義付けはアメリカの事情によって成立したものであるから何も日本の鉄道に無理に当てはめ福井鉄道は日本版インターアーバンなんて言う必要はないと思う。
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とはいえ、この定義自体ははまさに福井鉄道の性格そのもの。自分は勝手な思い込みで訪問する前は福井鉄道は福井市内と郊外を結んでいるから日本版インターバーンと思っていたわけだが、実際の福井鉄道はもちろんそのような性格もあるだろうけど、福井市と県下第2の都市、武生を結ぶ都市間連結電車、まさにインターアーバンとして成長してきたのだった。

by michikusajinsei | 2017-02-22 22:49 | 福井鉄道 | Comments(4)

昭和62年 福井鉄道(その1)

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僕が福井鉄道を知った頃、覚えた鉄道用語にインターバーンという言葉があった。当時の僕は自分の鉄道知識を広げたくて色々な雑誌から情報を吸収していたが、この言葉は多分模型関係から得たのだと思う。そして、その意味するところは郊外では普通の独立した駅と専用の線路を走るが市内に乗り入れる時に路面電車のように市中の道路に併設された軌道を走る鉄道というものだと思っていたし、その語源はドイツ語だと思っていた。

バーンはドイツでは道の意味だが、地下鉄のことをUバーンというので鉄道を表すのにわざわざアイゼンバーンと言わずに略してバーンと言うのだろう。郊外と市内を結ぶという意味でインターという接頭語をくっつけてインターバーン。そう思っていた。

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この福井鉄道はまさにその典型である。郊外を走る普通の電車が福井市内は路面を車をかき分けるようにして走行する。特に福鉄のエース200系の市内走行は圧巻で名横綱が花道を堂々と進むがごとく辺りを睥睨しながら走り、正に日本版インターバーンの面目躍如といった感を見るたびに抱いていた。

by michikusajinsei | 2017-02-18 08:39 | 福井鉄道 | Comments(0)

昭和61年 北陸の電気機関車(その6)

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ネガを探していたら、福井鉄道の機関車写真がまだ少しあった。
これはデキ2。除雪機関車として精悍な表情を見せているデキ3とは対照的に華奢でやや腰高なところ、そして台車もゴツい板台枠のデキ3に対し簡素なイコライザータイプで地方中小私鉄の電気機関車とはかくあるべしという雰囲気を濃厚に漂せていた。

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もう一枚は、以前、除雪機関車でこのブログに登場した電動貨車デキ11の夏の姿。

両者ともに、格好いい!って声を上げるような存在ではないが、今こうして並んでいる姿を見ていると手作りの味というか素朴な造形に媚びない美しさを感じてしまうと言ったら大げさか。

なおデキ2 は車輌履歴的に言うと、戦後昭和24年の製造で新製時から福井鉄道に納入とある。その前年に福井を襲った大地震の復旧で福鉄も大きな損害を被っていたと思うが、そんな中でも貨物用需要を見越してこのような電気機関車を発注した時代背景に当時の鉄道貨物需要の大きさ、底堅さが想起されるのではないだろうか。

by michikusajinsei | 2017-01-09 15:38 | 福井鉄道 | Comments(0)

北陸の電気機関車(その3)

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この機関車というか電動貨車はレイル誌によると以下のような履歴となっていた。

大正11年12月、梅鉢鉄工所で新製された電動貨車のデワ1が前身。昭和51年12月頃より休車になっていたが昭和54年6月に電動除雪車とするための大幅な改造を行い形式もデキ11形となって電気機関車の仲間になった

お隣の京福にいたデキ6が大正9年の製造だからほぼ同時代、ただデキ6は鋼体化改造されていたが、こちらは木造車体を残しており僕が現役で見た数少ない木造車輌のひとつである。

この写真を撮影したのは昭和62年の冬だから機関車になって8年目、新製してからだと65年を経過している。北陸の過酷な気象条件の下、木造車体を維持するのは大変だと思うが、この写真のように綺麗に整備されている姿を見ると福井鉄道整備陣の実力の高さが伺える。

by michikusajinsei | 2016-12-26 07:17 | 福井鉄道 | Comments(2)