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1988 PARIS

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僕が旧作邦画を見始めたのはそんなに昔ではありません。まぁ、そういっても20年以上は経っていますが学生時代は映画よりも音楽や鉄道の方に気持ちは傾いていましたから本格的に見だしたのは就職してからです。池袋の文芸座や銀座の並木座なんかにも行きましたが、当時は横浜にジャック&ベティという名画座映画館があってそこで浴びるように旧作邦画を見ていました。

そうやって集中的に見ていくと自然に映画会社の色がわかり自分の好みというのも出てきます。松竹は蒲田あるいは大船調と呼ばれているホームドラマ(余談ながらこのホームドラマの背景となる属性や習慣は戦前の京浜地区の中産階級とその暮らしぶりにあるんじゃないかと思っています)。東宝であれば都会の青年男女の恋愛や生活、大映はカツライスと呼ばれた勝新と雷蔵の二枚看板、東映、これはもう汗臭い男の世界、非常に大雑把に言えばそんな感じです。これはそてぞれの会社のトッププロデューサーである、松竹の城戸四郎、東宝の藤本真澄、大映の永田雅一、東映の大川博の意向でありまた好みであったのでしょう。そしてまた長らく僕の好みも個別の映画はもちろん別ですが傾向としてはその順番でした。

しかし上には書いてない、もう一つ大きな映画会社が日本にはあります。

「日活」

この映画会社はそのころの僕にとって興味の外でした。一つはロマンポルノ。それこそロマンポルノの全盛期は僕の10〜20代です。興味ないわけありません。でもそれと映画の評価は別でポルノ映画なんて男女の裸と絡みだけでしょ、っていう感覚でしたし、ロマンポルノ以前は少し前に書きましたが疎ましい親世代の象徴、石原裕次郎がそのイコンですからまったく食指が伸びませんでした。
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でもなんでしょう。最近、日活映画が気になってしかたありません。日活映画でもう一つダメだったのは日本なのに西部劇みたいな無国籍性もあるのですがそれらも含めて昭和30年代の日活映画が見たくてしょうがないのです。あの頃に日活映画の何に自分は惹かれるのか。そんな気持ちで一本の映画を見てきました。「街燈」中平康監督昭和32(1957)年2月封切りの映画です。

ストーリーはごく大雑把に言えば、それぞれブティックの経営という仕事を持った戦中派の女性(月丘夢路)と戦無派の女性(南田洋子)二人の生き方と男女関係を描いた作品です。パトロンを持ち銀座に店を構え同時に若いツバメをスタッフとして雇うしたたかな月丘と渋谷の住宅街に小粋なサロンのような店をだし恋愛には慎重な南田。でも最後はそれらを清算して出直しを図る月丘とひょんなことから出会った同世代の男と幸せな結婚を暗示して男を見送る南田で終わります。ある意味、単純なストーリー。特に脚本が優れているとかそういうことはありません。でもねえ、見ているとなんでしょうか、とても朗らかな気持ちになってくるのです。

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映画を観終わった余韻の中で考えてみたのですが、一つは文字通り見る楽しさ、実はこの映画はファションで語る旧作日本映画という企画の一環で上映されたものを見に行ったのですが、その企画でのセレクションにふさわしく新進気鋭であった時代の森英恵デザインの様々なファッションが見ていて華やかさやコンビネーション、そして職業を語ってくれてきます。また俳優の表情が一本調子でないところはさすが大女優の二人ですね。

しかし何よりも魅力を覚えるのは画面の中から湧き出てくる若々しい雰囲気であるような気がしてきました。この当時の実年齢、月丘夢路は34歳、南田洋子は23歳。そして監督である中平康が30歳、ついでに言えばプロデューサーの水の江滝子だって、彼らよりは上ですが当時でまだ41歳です。みんな若い。しかしここでいう若さには未熟さはあっても昭和40年代以降の若者にあるある種の独りよがりな幼さはあまり感じられません。

若さというのは一面厄介なものです。この映画から数年後、若さそのものを価値とする文化が出てきて以後の世の中を席巻するのですが、この映画はそこまではいきません。逆にみなさん、今の自分たちの目で見ると若いのに分別がありすぎる気がします。でも何というかそう、「明日があると信じられるからこそできる思い切りの良さ」その言葉が一番ふさわしいかな。悩みがないわけじゃないけれど登場人物たちは人生の決断をサバサバと思い切りよく口にしまた行動に移してしていきます。このリズムが心理劇であっても画面に躍動感を与えていますし、上に書いたように頻繁に変わる登場人物のファッションや街の情景がお洒落感と清新さを醸し出しています。

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今の時代は老いも若きも二十歳過ぎれば年齢は8掛けとか7掛けと言われます。さらに社会全体でリスクを避ける風潮から自分も含め4、50代の人間がのさばってか、なかなか30代の人に舞台を用意せず、彼らに陽が当たりません。

その世界に生きていると、30歳前後の人間が長所も短所も合わせてそのままの感性で作品を作ることができた時代、許された時代の彼らの感性、息吹きがとても眩しく感じられ、そしてそれを最も感じさせる映画、それが当時の日活映画の最大の魅力ではないか、そんな気がしています。

ただ、この結論は正直まだ自分の中でも完全に消化しきれていなくて日活映画の魅力を探る旅はもう少し続けていくつもりです。

なおそれらとは別にこの映画を見ていると時代の風景も立ち上ってきます。上に書いた通り月丘夢路はパトロンがいて銀座に店を出しているんですが、これはある意味、婚期を逃した女性-それもおそらく戦争の影響で-が自活して成功していくための手段でしょうがこれも戦後的な風景かもしれません。戦前の映画ではこの手の女性は出てきませんし、婚期を逃した女性が出てくるその場合はたいてい水商売か2号です。この月丘夢路もパトロンに依存していません(だいたい映画に登場しません)。そして最後は彼と別れてまた店を継続していくのです。この強さとその裏にあるやりきれなさ(おそらく戦争がなければ彼女も店を持つなんて考えることなく普通にお嫁入りしていたことでしょう)。個人的にはこの彼女の心象風景を想像させるところがこの映画で最も印象に残りました。

一方、南田洋子には恋人とチンピラのケンカを仲裁するところがあるのですが、そこのシーンで「暴力反対」と言ってその次の言葉は「再軍備反対」。60年安保はこの後ですが自衛隊が発足したのはこの映画撮影直前の昭和30年、逆コースと言われた当時の世情がこの一言に出てくる。こちらもまた戦争の影というものがリアルだった時代だからこそ出てきた言葉なのでしょう。そんな時代の断面を感じ取れるのも日活映画に限りませんが旧作邦画の奥深いところですね。

また今回の写真ですが、この映画にはほとんど電車は出てこないので、この映画の監督、中平康がフランス好きらしいことから昔撮ったパリの情景です。かなり牽強付会ですが。

ちなみにこの映画自体は、ダラダラ書いた僕の感想よりもはるかに上手にかつ簡潔にまとまった紹介があります。それは、たかぎみきさんという方の運営されているキネマ洋装店というサイトです。
→http://cineyoso.movie.coocan.jp

このサイトでは全盛期の日本映画で如何にファッションが登場人物の個性作りに重要な役割を果たしていたかが可愛いイラストと共に紹介されていて、映画好きの人には見て読んで楽しいサイトです。

今回の映画が上映された「ファッションと旧作日本映画」という企画も実はたかぎさんのプロデュース、映画とともに楽しい企画でした。

by michikusajinsei | 2017-02-05 12:56 | フランス | Comments(2)