昭和62年 小淵沢界隈(その6)

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車輌の種類や塗装は別として、僕の学生時代、昭和50年代半ばから60年代は蒸機が消えても彼らが走っていた風景はそこかしこに残っていた。

「煙の名残を求めて」とは往時の風景を追体験したいとの気持ちを抱いていたこともあるが、実際の所、蒸気機関車の名撮影地はそのまま通用する所も多く、諸先輩の傑作をみてはその場所を探して訪れたものである。

ここ小海線もそうだった。小淵沢をてですぐの八ヶ岳を背景にした大きなカーブの築堤はたとえC56ではなくキハのディーゼルであっても十分魅力的だったし、その築堤を見上げると抜けるような青空が広がっていくのが印象的だった。

しかし例外もあった。

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こちらは蒸気機関車時代に名を馳せた小海線で最も有名な野辺山の鉄橋だが、背後に道路橋が建設され折角のダイナミックな八ヶ岳のスケール感が矮小化されてしまっているし、また手前の樹木も成長して鉄橋を渡る車輌の眺望を阻害している。さすがにこの時は唖然としてしまった記憶が今でも脳裏に残っている。

by michikusajinsei | 2017-01-31 23:29 | 小海線 | Comments(2)

昭和62年 小淵沢界隈(その5)

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もちろんJRというか、国鉄人もそれは判っていたのだろう。浜名湖を渡るFの65、1000番台の時も書いたが、何か現場レベルでできる新鮮さというものを当時は模索していた、そんな感じがしてならない。

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この塗装もそうである。

どんな由来や気持ちで塗られたのかわからない。でも観光路線的な華やかさに鉛丹色のようなデーゼルカーではまずいだろうとの思惑から、そしてまだJRの存亡そのものがはっきりしない時代が故にとにかくあまりお金をかけずにできることはやってみようという考えで実施された塗装のような気がする。

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デザイン的に収まりが良いかどうかと言われると、微苦笑してしまうのだが、ラッピングではなく塗装で実現した現場の力量になんとも言えない国鉄が培ってきた職人技というものを感じてしまう。

by michikusajinsei | 2017-01-29 23:42 | 小海線 | Comments(0)

昭和62年 小淵沢界隈(その4)

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特に自分のとって残念だったのは蒸気機関車時代の終焉は同時に鉄道貨物の退潮が軌を一にして起こってしまい、多くの路線で機関車を見ることができなくなってしまった。さらに運行しているディーゼルカーも往時の二色塗装から合理化と称して赤一色の塗装へと変更になった。

これらの施策は見るからに鉄道自体の衰退を感じさせられ、見ていても正直愉快なものではなかった。
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しかし30年の時を越え虚心坦懐な気持ちで見てみると、特にこの時のように雪晴れの中をいく赤い気動車は、末枯れた中にあるなんとも言えない色気のようなものが感じさせる。

二色塗りの気動車が錦繍の秋に同化する塗装ならば、この赤一色の塗装はある意味、日本の風土が色彩を落とす冬の景色中で異端の美を感じさせる存在感を与えていた、そんなふうにも思えるのである。


by michikusajinsei | 2017-01-25 23:38 | 小海線 | Comments(0)

昭和62年 小淵沢界隈(その3)

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「煙の名残を求めて」

これが学生の頃の僕のテーマだった。

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僕が鉄道に興味を持ち始めたのが昭和50(1975)年、そう国鉄蒸気機関車の最晩年。はじめて鉄道雑誌を買ったのがその翌年の昭和51(1976)年で奇しくもその号で国鉄蒸機最後の拠点であった室蘭本線の追分機関区が焼失した記事が載っていた号である。

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慣れ親しみ一番好きなのはデッキ付きの電気機関車だし、戦前、それもほとんどの国鉄制式蒸機より古い明治大正の頃に製造された車輌すら見ている。またかつては蒸気機関車に牽かれたであろう旧型客車も飽きるほど乗ったが、国鉄蒸気機関車だけは、その時代を共有することが、あとわずかの所で叶わなかった。

無念である。

その意識がその頃の僕の鉄道趣味の底流にあった。

by michikusajinsei | 2017-01-22 11:07 | 小海線 | Comments(0)

昭和62年 小淵沢界隈(その2)

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この時、小淵沢に向かったのは中央東線ではなく小海線の撮影が主な目的だった。

私鉄は地方のローカルな鉄道が好きだったが国鉄はローカル線よりも幹線志向だった自分にとって小海線だけを撮りに行くというのは珍しいことで、今となってはどういう気持ちで出かけたのか憶えていない。

ただ新雪の中、寒すぎもせずけれどもピーンと張るような高原らしい清冽な空気感を感じたことは昨日のように思い出せる。

by michikusajinsei | 2017-01-18 23:08 | 小海線 | Comments(0)