昭和60年 横浜港(その3)

a0322896_21230707.jpg














久しぶりに復活した名画座通い、その口火を切ったのは日活「拳銃無頼帖 電光石火の男」(昭和35年 野口博志)でした。

今まで書いてきたとおり日活映画にはまるで良い印象などなかったのですが、たまたま地元横浜の名画座でこの作品がかかっていたことから久しぶりに旧作邦画をみる気になって映画館に入ったわけです。

主演は赤木圭一郎。

実はこの作品を見るまで赤木圭一郎なんて全く関心がありませんでした。彼は前にも書いたとおり両親の世代の人間です。そしてというか、だからというかその世代には絶大な人気があったんだと思います。例えば僕が少年時代ですから約30年前くらいまでは女性週刊誌の広告を見ていると赤木圭一郎の記事が年に何回か組まれていたのを覚えています。彼が亡くなったのは昭和36年だそうですからそれから20年以上経ってもなお女性週刊誌に回想記事が載っていました。そんな両親世代のヒーローなんて自分には縁がない存在さ、って思って旧作邦画見るようになっても意識的に避けてきました。

しかし僕も50まであとわずかという年齢です。さすがにそこまで旧世代に対する抵抗心を維持する気持ちは薄れどちらかというと好奇心から(そしてヒマつぶしという気分もあり)この映画を見る気になったのです。

いや、ビックリしました。

時折コメントをいただくシグ鉄さまより、前回の記事で日活映画は荒唐無稽で好きになれないというコメントをいただきましたが、確かにこの映画も日活映画の一作品。小林旭の渡り鳥シリーズほどではないにせよ、お話としてはまったく現実感がありません。また後年、大女優となる浅丘ルリ子や吉永小百合も出ていました。しかし、そんな映画の筋や他の出演者はどうでも良いくらい赤木圭一郎は他を圧しスターのオーラを全身から発散している。

この映画の後にみた「霧笛が俺を呼んでいる」(昭和35年 山崎徳次郎)でさらに瞠目、正直、配役からにじみ出る彼の個性に圧倒されました。

精悍さと繊細さ。

両親の世代だからなんてつまらないことに拘った自分の偏狭さ(未熟さ)に赤面してしまいそうです。自分達の世代も含めて20歳という年齢でこれほどの存在感を示せる俳優は空前絶後な気がします。

そして最近見た「男と男の生きる街」(昭和36年 舛田利雄)「あした晴れるか」(昭和35年 中平康)の石原裕次郎。

裕次郎こそ、自分的には反抗すべき両親世代の象徴でした。しかし若き日の裕次郎の持つ軽妙さと人懐っこさはボスキャラで僕たちの前に立ちはだかっていた晩年の彼からは想像できない清新な魅力を湛えています(裕次郎のことはまた別に書くときがあるかもしれません)。

ここに及んでようやく日活映画の魅力というものが朧げながらわかってきました。他の大手映画会社は大スターはもちろんいます。でもそれ以上に会社の伝統、そしてその伝統を作り出し保守している製作者や監督の個性が強い。松竹の城戸四郎と小津安二郎や東宝の藤本真澄と黒澤明が代表的な存在だと思います。

対して日活映画はどうでしょう、これはもう圧倒的にスター、それも若手スターの存在感とその青春の輝きを映し出していること、いやそれだけだと他社の映画にもそしてあらゆる時代もいます。端的に日活スターの魅力の源泉は日本の過去を背負っていない清新さにあった。そしてそれがもはや戦後ではないと言われた時代に見事にシンクロし、戦後はもちろん戦前・戦中というどうしようもない重さを持った時代のくびきを放たれたいという時代精神をどこよりも鮮烈に活写したからこそ支持されたのではないか、そんな風に思えてくるのです。

そして彼らの若き日が終わると共に、短かった日活映画の全盛期も同時に終わる。その後、時代は高度経済成長とモーレツ社員の時代に変わっていきます。そこに昭和30年代に輝いた日活映画の特色が活かされる風景はありませんでした。

ただ皮肉なのは、彼らにとって子供の世代にあたる我々の世代が若いころ熱烈に支持したのがトレンディードラマ、それはスターの存在感こそ小粒かもしれませんが紛れもなく日活青春映画の現代的展開です。ここでもその前の時代にあった政治の季節の重さは全くありません。そう、ある世代をまたいだ親と子の若き日に見ていた風景が無意識のうちにシンクロしている。

文化の継承とは家業、あるいは家風を指すのが普通だと思います。もちろんこの場合の家風とは家族レベルにとどまらず、その家族があつまって構成される地域というレベルまで拡大して考える、いわゆる地方文化というものも、ある意味、家風の延長だと思えなくもない。そしてそれが文化の継承の一般的な認識だと思います。しかし、そのレベルを超えて時代精神もそれに含まれることがあるのではないか。

結論めいたことはできませんが、そんなことを考えさせられた日活青春映画ビギナーズの独り言でした。

by michikusajinsei | 2016-07-21 00:26 | 映画 | Comments(0)

昭和60年 横浜港(その2)

a0322896_21224488.jpg















日活映画を敬遠していたのはもう一つ理由があります。

これは完全に先入観だったのですが、昭和30年代の日活映画が平成初頭に一世を風靡することになるトレンディードラマの元祖であるという指摘でした。

僕が学校を卒業して就職したのは平成2年ですからトレンディードラマの全盛期はそのまま僕の社会人フレッシュマン時代にあたります。そしてその頃の僕にとってトレンディードラマの押し出す価値観くらいムッとするものはありませんでした。

しかし今、このように書いてみて、ではその価値観とは何かというといまいちはっきりと思い出せません。日活映画同様、端からくだらないと思い込んでいたため実際には殆ど見ていないからです。海外現場勤務の時にすることがないので見ていた「101回目のプロポーズ」「東京ラブストーリー」くらいですかね。まあ無理やり当時の気分を思い出してこじつければ「成金的感覚による金持ちボンボンのお洒落感の演出」でしょうか。

まあ、僕も一億総中流と言われた時代のサラリーマン家庭に育ちましたから特に生活に不自由したということはないです。だから羨望の裏返しによる反感ということはなかったのですが、かといって親の金で分不相応にお洒落したり遊びまわるなんて世界や持っている小道具で人の価値を測るような世界には、どうにも馴染めずというかかなり反発を感じていたわけです。そしてそういったドラマの原型が昭和30年代日活映画にあると思い込み、そんな世界は見るだけで不愉快な気分になるだろうから見に行く必要なんかない、と意識的に忌避していたわけです。

そして結論から言ってしまえば、今回日活映画を見はじめて、あれほど反発を感じた金持ちボンボン的描写にそれを感じることはありませんでした。それは自分自身の成長というか心理的な余裕が生まれたからでしょうか。それよりも今となっては貴重な当時の東京や横浜の情景や若者の装いそのものを楽しむ自分がいました。

けれどもしかしたらそれは自分自身が成長したのではなく若さを失ったからかもしれません。なんとなれば画面に展開する若者たちの姿に虚栄心よりは青春を謳歌する屈託の無さや無邪気さを感じ、またそれを許してしまう親の弱さやいじらしさの方が強く感じられようになっていたのです。

しかし、それを感じるようになったから日活映画を見始めたわけではありません。もっと魅力的なものがそこにあることを遅まきながら知ったからです。

by michikusajinsei | 2016-07-15 07:20 | 映画 | Comments(2)

昭和60年 横浜港(その1)

a0322896_21225253.jpg















最近、見てきた旧作邦画は2本、いずれも日活黄金時代の映画、山崎徳次郎監督「霧笛が俺を呼んでいる」(昭和35年)と舛田利雄監督「男と男の生きる街」(昭和36年)です。と通例の映画紹介のルール(?)に則って監督名をあげましたが、前者が赤木圭一郎、後者が石原裕次郎主演という方が馴染みやすいでしょうね。

ところで僕個人はながらく日活を意識的に遠ざけていました。その理由とは、日活躍進の象徴であり、何よりも日活映画の魅力イコールである彼らの存在そのものにありました。

僕の世代の両親は概ね昭和一桁後半から10年代初頭の生まれです。裕次郎は昭和9年、赤木圭一郎は昭和14年の生まれ、つまり彼らは僕らの親世代そのものです。

若いころ、親というものは疎ましいものです。青春期は特にそうです。そのころの自分自身はというと世間で言うところの「やんちゃ」な振る舞いには縁がなくて、もっぱら電車の追っかけに終始していました。だからいわゆる武勇伝みたいなものはなく目立たない普通の学生でしたが、そうは言っても血が騒ぐことはあって、いろいろな局面で親に反抗したりあるいは無言の抵抗で不貞腐れていたりしたものです。

ですから、そんな親の世代の人生観を若き日とはいえ体現している日活青春映画なんて体質的に受け付けられる訳がないと思い込み全く眼中にありませんでした。そう、実際の映画は見ずに、印象だけで食わず嫌いになっていたのです。



by michikusajinsei | 2016-07-12 21:24 | 映画 | Comments(0)

号外 鉄道映画特集ー神保町シアター

最近、なんどか旧作日本映画の感想文を鉄道と絡めて書いていたら、この夏、神保町シアターで鉄道映画特集というものがあるそうです。

http://www.shogakukan.co.jp/jinbocho-theater/program/railway.html

いや、待ってましたの企画ですね。半分くらいは見たことがありますが未見の作品に期待で胸が弾みます。今から8月が待ち遠しい。

ちなみに見た映画を記憶に残る範囲で言うと.....

「家族」
前にも書いたかもしれませんが山田洋次監督の最高傑作と思ってます。高度経済成長という時代を生きた人、関心がある人、必見の映画。その頃の日本の風景、時代の風景でもありまた風土そのものでもありますが、それを列島を縦断するという物語の中に織り込んでいく詩情豊かな作品。家族の移動を描いている映画ですし乗り物好きというか鉄道好きの山田監督作品ですからたくさん鉄道が登場します。

「張込み」
こちら、物語はのどかではありませんが、その背景として映り込む高度経済成長以前ののどかな日本の風景や人情が堪能できます。そして昭和30年代の夜汽車の光景が印象的ですね。ちなみにモノクロですが、EF58 4号機の2色塗り試験塗装時代の姿が見られます。

「男はつらいよ 望郷編」
寅次郎シリーズでは標準的な出来だと思います。安心・安定の男はつらいよ。今回の寅次郎は真面目な労働者、なかでも汽車の缶焚きに憧れる寅さん。というわけで現役の北海道蒸気機関車があまり筋とは関係なく走り回るのが鉄道ファン的には見所。余談ですが、山田監督はどうも筋とは関係なく鉄道を映画に残すのが好きなようでこの作品ではないですが、寅さんが映画の冒頭で尾小屋鉄道に乗るシーンがあり、てっきり北陸が舞台になるかと思ったらそれっきりという鉄道ファン的には嬉しいような消化不良のような作品もあります。

「喜劇 急行列車」「喜劇 大安旅行」
見ているはずですが筋を忘れてしまいました。ただ瀬川監督の車掌シリーズは主人公のドジの踏み方が鉄板で判っていながら思わず笑ってしまう職人芸にいつも感嘆します。また食堂車のウエイトレスがよく出てくるので、これも在来線が華やかだった往時を偲ばせますね。

「ある機関助士」
岩波映画の名作ですが、記録映画でかつ尺が短いので昔はなかなか見られない作品でした。だからビデオが発売されるとすぐに買ったのが思い出です。主人公が乗務するC62を筆頭にクルクルパーが回転する姿が珍しいC57、旧塗装が美しいキハ55、そして当時新鋭でピカピカのキハ81がチラッと映ります。ただ個人的には信号所の作業風景が貴重ですね。

「駅 STATION」
鉄道シーンで覚えているのは、冒頭のいしだあゆみがキハ22(?)から敬礼するシーンですか。他にあったっけ。まあ、そんなものよりも冬の夜、高倉健と倍賞千恵子の体温をじわっと感じさせる居酒屋のシーンが感動的ですね。あの映画のような居酒屋で女将としみじみと酒を酌み交わしそのまましっぽりと...となんど思ったことか。ただ鉄道と高倉健及び倍賞千恵子では何と言っても「遥かなる山の呼び声」が最高です。ラストの鉄道シーンは何度見ても涙腺決壊。今回選ばれないのが不思議ですが、あまり山田洋次作品ばかり上映しても、という配慮でしょうか。

後は未見の作品。特に「大いなる驀進」「指導物語」はずっと観たかった作品なのでほんと早く上映日がこないかなあ、と思っています。

ちなみにその神保町シアターでいま上映されているのは「芦川いずみ」日活黄金時代、昭和30年代のトレンディー路線ともいうべき裕次郎映画中で最も洗練された女優の美しさと輝きを堪能できる良い機会だと思います。こちらもぜひ行かれてはどうでしょうか。

by michikusajinsei | 2016-07-09 11:22 | 映画 | Comments(0)