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Singapore Lunch Record No.92

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回鍋肉定食です。

回鍋肉定食は定食の中では新参。どこでもあるわけではなく、四川料理店だけです。かといって変わってるわけではなく日本で食べるのと同じ味。まあ、この手の調味料リッチな料理は当たり外れがないのが特徴ですから。

さて大晦日と言えども特に変わったことがありません。僕の勤め先は日系会社ですから休みにしていますが、開いてる会社も多いです。と言っても人種を問わずキリスト教徒は概ね休暇を取ってますし、日米欧の会社は休みですから忙しくないので半ドンにしている会社も結構あるそうです。要はイベントのための休暇ではなく、仕事がさしてないからにすぎません。そう言った意味では、日本で感じるようなせわしなさとは無縁でむしろいつも以上にのんびりしています。ですから大晦日と言ってもここでは淡々と流れ行く日々の中の1日にしか過ぎません。

しかし、僕は日本人です。やはりこの日は、過ぎしこの一年に想いを馳せる気持ちが湧いてきます。この一年はどんな年だったのか、と。

正直なところ、平凡人の一年です。劇的なことなどあるはずもありません。前にブログにも書きましたが、ある仕事の受注に向けて奮闘していたのは事実ですが、かといって四六時中それに全てを注いでいたわけではありません。月曜日から金曜日まで働き、土日は友達とあって息抜き。あとはたまに仕事のあとに泳いでいました。そう1日、1日はとりたて記録するようなこともなく過ぎていってました。いや記録はしてましたね、このブログで昼ごはんを。

でも、いまこの大晦日の晩になって振り返ると平家物語の冒頭、祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、という一節を実感します。あるいは僕の世代の若い頃の曲でいえば、佐野元春の「グッドバイからはじめよう」か。

最後の数ヶ月間、全てがまるでそうなるのが必然だったように次々と僕の周りで想いと反対のことばかり起こりました。それは仕事のこともありますし、私事のこともあります。嘆息ばかりついていた日々もありました。そして期していた仕事の失注とそれに付随して起こる人事上のこと。そのようなことが続いた或る日、僕は茫然自失のまま並んでいるATMでお金を取り忘れて一万円ちかいお金を失くすなんてこともありました。ある日は敬愛する大先輩に対し、彼の苦渋をわかっていながら決断をなじるようなこともしてしまいました。半世紀近く生きたって、四半世紀会社員生活を送ったって、ダメモードの時は全くダメです。

でも、そんな時でもシンガポールで知り合った友人たちはいつもと変わらず親愛の情を示してくれました。そしてその彼らは、一人を除き、全員、国籍を問わず僕と同世代です。戦っている分野は少しづつ違います。もちろん彼らはたぶん僕の心情を全てわかって僕に接してくれたわけではありません。また僕だって、さすがに外面ではそれとわかるような落ち込みぶりを見せるようなことはありません。我々の世界で受注・失注、そしてそれにともなう諸事は日常ですから。

「心置く、泣かれよと低い年増女の低い声もする」中原中也の一節。失望を感じた時は折に触れ口にしてきました。まあさすがに50近くなると20代の中也の感傷に溺れるほどヤワではありません。また友のほとんどは男性で艶っぽい話があるわけでもありません。でも「何たる結末!」って叫びたくなる気分の夜に彼らの示してくれた親愛の上はとても嬉しかった。彼らと別れた夜道で酔いながら幾度もこの詩を口にしていました。

ちなみに彼らのうちの何人かは、やはりこの一年、転機を迎えています。同時代を生きる戦友たち。実弾こそ飛び交いませんが、我々は人生の修羅場に立ち向かっていくしかないんだな。年の最後にそんな想いを深くしたこの一年でした。






by michikusajinsei | 2015-12-31 16:25 | シンガポール | Comments(0)