昭和61年 野上電鉄(その3)

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実は今でも明治時代に製造されてなお現役の車輌はいる。車庫内の入れ替え専用で本線に出ないから車籍はないが、京阪電鉄の寝屋川車庫にいる72号。車体は更新されているが台車と電動機、つまり電車の命ともいえる可動部は明治43(1910)年製がそのまま使われている。この野上電鉄の車輌が明治44年製造だから1年先輩になるわけで、それもあってか野上のこの23号は最後まで現役最古参という名誉ある称号を得られなかった。

とは言っても明治生まれの車輌である。もう少し当時としても注目を浴びても良かったと思うが、なんと言うかその歴史的な価値に比べて華がないのは否めなかった。自分がそうだったように野上といえば阪神、それが当時の通り相場だったように思う。



# by michikusajinsei | 2017-07-26 16:52 | 野上電鉄 | Comments(0)

昭和61年 野上電鉄(その2)

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今、人々が昭和時代と気軽に口にするのがどうも僕には馴染めない。昭和という時代は自分にとって歴史ではなく同時代そのものだからである。自分が言う時はどうしても「昭和」あるいは「昭和の頃」で終えてしまう。しかし明治大正ととなるとどうだろう。

確かに僕の若い頃、明治生まれの人は昭和天皇その人を筆頭に矍鑠としていて元気ではあった。実際、自分の周りでも、僕の祖父母は全員明治生まれであったし、大正生まれの人は学校の先生として教えも受けたり、社会に出て一緒に働いたこともある。だから決して歴史の教科書でしか出会えない遠い世界というわけではない。

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だが、そうは言っても特に明治生れと聞くとさすがに現役感覚はなく隠居した老人という印象が強くて、その頃としても終わった時代であり普通に明治時代と呼んでいた。

そんな感覚でいた時にである、突然、明治44年に登場した電車が年に数回走るような保存電車、あるいは予備車ではなくて日常を淡々と走っているという事実を聞かされたのだから驚いたというか不意を突かれた。

# by michikusajinsei | 2017-07-23 21:37 | 野上電鉄 | Comments(0)

昭和61年 野上電鉄(その1)

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「これ、阪急1型や。ほう残っとるのは知っとったがまだ走っとるんだなあ」

昭和62年の夏休みだったと思う。野上といえば阪神小型車、そんなイメージでその前年に撮ってきた写真のネガをある先輩に見せたところの第一声はそれだった。

阪急1型、その前身である箕面有馬電気鉄道が開業に際し明治43年から44年にかけて製造した車輌である。車齢でいえば当時で75年、そんな車輌が残っているなんて全く想像していなかったからびっくりした。

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自分としてはその頃に地方私鉄のよくあったどこかの鉄道から流れた更新車、これといった特徴もない、言葉は悪いが十把一絡げで「田舎電車」と呼ばれている類の車輌だと思って写真に撮っただけだからである。それがまさかの由緒書き電車であったとは。

それが見たくて行ったこの鉄道に残っていた阪神小型車は例外もあるが概ね昭和初期の製造。それだって珍しかったのである。それを遡ること更に15年前、明治という時代の車輌が保存とかそういうレベルではなくごく普通の日常的な運用に入って走っているというのは想像もしていなかったのである


# by michikusajinsei | 2017-07-18 12:20 | 野上電鉄 | Comments(0)

昭和62年&平成16年 小田急電鉄(その4)

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小田急ロマンスカーの中で最も流麗な外観を持つ車輌、それがこの10000系だと思っている。

以前にも書いたが、この頃は流し撮りのテクニックを上達させるのに夢中で記録的な走行写真をいちおう抑えるとしょっちゅう流し撮りに挑戦していたが、その中でもこの10000系のサイドは正におあつらえ向き。

自分の撮った流し撮りの中でも気に入っている一枚である。

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そういった自己満足はさておき、この車輌を見ていて気になるのは横からの外観と正面からの外観ではいささか印象が異なることである。

はっきり言えば側面の美しさに比べ、正面は凡庸な外観、というか側面の流麗さを裏切るような鈍重さを感じる。

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往時、銀幕の大スター、山本富士子は自分の横顔のある角度が気に入らず、その角度の写真は撮らせなかったし、また撮られた場合は破棄していたそうだ。

あのような完璧とも言える美女でも本人的にはバランスが悪いと思う角度があったというのは、ある意味、写真というメディアの面白さであると思う。光と影が交錯して思わぬ姿をあらわにしてしまう。動画では見過ごしてしまう瞬間が静的な画面で強調される意外性。

この10000系にもそれを感じる。実際、上の写真のように斜め正面まではスマートさは損なわれない

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ところが正面勝ちになるとどうもいけない。なんとなく上目遣いの情けない表情になってしまう。

例えて言うと小田急的には鉄路の女王のような優雅なイメージをロマンスカー的には目指したいのだろうが、NSE 3100系がウルトラマンセブンならば、この10000系はどちらかというとアニメ的なイメージが湧き上がってくる。

そしてそういった印象をもたらす原因の一つにはこのカラーリングがあるのかもしれない。なんとなく戦隊モノと言われるジャンルのアニメというかそのコスプレ的な世界を連想してしまう。白地にピンクって戦隊モノの中の女性隊員が纏う衣装じゃないだろうか。そういう意味ではステンレス製電車が入る前までの小田急と言えば白地に青、これまた男性隊員の衣装のイメージ。そして戦隊モノは複数の男性隊員に紅一点の女性隊員だから、無意識のうちに小田急は優雅ではあるが孤高でもある王・女王を頂点とした世界観から男女が等しく仕事を担い、その中で雄々しさと愛らしさが並立する現代的な価値観への転換を無意識にも感じてそれが現出したのかもしれない。。

おりしも男女雇用機会均等法が施行されたのが昭和61年、そしてこの電車の登場は昭和62年である。

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まあそんな妄想はさておき、ちなみに今年はSE車が登場して60年だそうである。今年が平成29年だから、いつのまにか昭和と平成の間の歳月をほぼ同じだけ走ったことになる。考えてみればロマンスカーなんていうネーミングも昭和的といえばあまりに昭和的だけどそれほど違和感なく使われてきた。

しかしこの写真を撮った30年前には初代のSEから当時最新型のこのHiSEまですべての車種が健在だったが、ラストランナーであるLSEもまもなくその生涯を終えようとしている。それは同時に自分たち昭和生まれにとって小田急ロマンスカーの象徴であったオレンジバーミリオンとグレー塗装時代の終焉でもある。

そしてまたこの世代交代は昭和という時代に花開いた箱根観光とそれをリードしてきた小田急ロマンスカーというある種の文化的存在にとっても一つの区切りなのかもしれない。

来春に登場する新型特急、これがどのような装いで現れ、またこれからどのようなストーリーを紡ごうとしているのだろうか。


# by michikusajinsei | 2017-07-10 23:05 | 小田急電鉄 | Comments(0)

昭和62年 小田急電鉄(その3)

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「満を侍して」

この小田急7000系の登場の時くらい、この言葉がしっくりきたこともなかった。

異次元の飛躍と書いた3000系SE車はまさに時代の旗手という雰囲気はあったが、技術的にも商業的にも賭けのような冒険的な要素が多分にあるだけに車輌であるがゆえに安定感というものはあまり感じられない。すぐに交代選手である3100系NSEが登場し主役の座を奪ったように、革新的な車輌ではあるがどこか過渡期的な匂いを感じさせる。

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その3100系、前面展望席を備え小田急ロマンスカーの代名詞ともいえる車輌である。そして、この前のブログにも書いた通りで幼き日の思い出の中でとても印象に残っている車輌であるが、純粋に形態だけ見ると手放しで格好良いというのは躊躇してしまう。

前面展望席というのは構想としてはその前からあったそうだし、実際にその前年に名鉄でパノラマカーという車輌がデビューしている。海外に向ければイタリアにもセッテベロという特急車輌があったが実績はその程度。設計にあたっては乗客の安全の確保や車輌限界で未知への挑戦があったと思う。

とりわけ安全の確保は大きな課題でその解決策として名鉄パノラマカーでもそうだが前面に油圧作動の大きな衝撃吸収ダンパーを設置している。そしてそのダンパーは車輌最前面に設置する必要があることから、それをデザイン的にうまく収めるためにそこがライトの設置場所になったそうだ。それが外観を決定づける重要なポイントでここで好き嫌いが分かれると思う。つまり構造から出たデザインで、従来の鉄道車輌のイメージに収まらない斬新な外観と言われるのだが、僕はどうもこのライトボックスが出目金を想像してしまってスマートさが欠けているように思えてイマイチなのである。

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さて、そういう前2代の後継者として登場した7000系。

斬新さ、という点では正直なところ先代、先々代に譲る。彼らにあった衝撃はない。しかし小田急ロマンスカーという言葉に込められたイメージ、期待、それは編成全体を貫くスピード感、前面展望席、なによりもオレンジバーミリオンとグレーの配色を完全に消化、自家薬籠中のものとし、どこから見ても威風堂々まったく破綻を見せない。

この車輌は後年、塗装が後継車輌の10000系に合わせて一回変更されている。そういった塗装の更新は大抵の場合、リフレッシュという意図に反して厚化粧感、格下げ感を感じさせるのが通り相場だが、この7000系に限って言えばそんなことは微塵も感じさせず優美さと骨太な安定感が調和した外観は登場から35年が経過した現在でも色あせない。

デザインだけではなく高速性能も先代達に引けを取らない。僕が高校の頃、この車輌は国鉄に借り出されて高速走行の性能試験を行っている。その時は結構話題になり僕も撮影に行きたかったが確か平日のみだったので学校を休む訳には行かず残念に思ったことを覚えている。

その走行試験はSE車の時のように世界最高記録を樹立というような華々しさはなかったけれど、連接車というどちらかというと特殊な構造を長年にわたって磨き上げてきた小田急技術陣の成果が認められての登用であり、トラブルを起こすことなく無事に予定されていた時速130km走行を終えている。

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しかしこの名車も来年の春には引退が予定されている。そして折しも平成からの改元が予定されているのはその翌年。時代の流れに棹を差して走りながらも、昭和の空気感を最後まで維持して平成という時代を全うした車輌、そんな言葉がこの車輌にはもっともふさわしいように思うのだ。

# by michikusajinsei | 2017-07-06 12:01 | 小田急電鉄 | Comments(2)