平成29年 横浜港

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トランプ氏が来日のためとかで税関が滞り、パソコンの修理は2週間以上経ってようやく戻ってきたら、今度は人間様の僕が身体の不調。

身体向きを変えたり肩を上げたりするたびに胸と背中に刺すような痛みが走る。とにかく身体を動かすたびに痛みが走るんで考えがまとまりません。金曜日も電車仲間との飲み会でしたが、痛みがチクチク襲ってきて何を錯乱したか京急800形は3ドアと頑強に主張して(本当は4ドアです)呆れられました。

一週間以上我慢してきましたが、堪らず医者にいったところ帯状疱疹との診断でした。病名が確定したのでネットで調べてみると、子供の頃に罹った水疱瘡のウイルスが身体の免疫力が落ちた時に発症しやすい、特に50代以上の高齢者に多い、とあります。

この表現も何気に個人的にはショックです。確かに僕は50歳、若くはないですがそれでも普通に言われるのは中高年男性、中年という言葉に馴染んでいるというか焦点を自分では当てていましたがもう高齢者といわれてもおかしくないのか、と。

というわけで、考えがまとまらないけどブログは更新したいということで、きのう病院の帰りに赤煉瓦倉庫で行われたイベントで写した古典車、昭和41年製で僕と同級生である車を投稿します。ナンバーが一桁なのでおそらくワンオーナーなのでしょう。

50歳、人間ですと高齢者といってもその入り口ですが、機械となると相当な年代物。同時代の現役鉄道車輌も少ないですが、こういうトラックが、しかもなくなってしまったメーカーの車輌がまだ残っているのかというのも新鮮でした。

# by michikusajinsei | 2017-11-12 09:00 | 横浜 | Comments(6)

神奈川喫茶店逍遥(その2)

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神奈川喫茶店逍遥なんて書いていて店を紹介しないって言うのは、どうなのよ、ってある人から指摘されました。

確かにそうですね。

と言うところで前回の投稿のお店は磯子のぽんぽん。ちなみに初めて入った店です。

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どの飲食店も個性がありますが、思うに喫茶店ほど、多種多様な個性を持つ業態って珍しい話じゃないでしょうか。

居酒屋でもレストランでも定食屋での、それぞれの文法と言うか、それこそ誰とはなしに決まった様子というものがあります。属性特有の衣装とでもいいますか、我々はそれを暗黙のうちに了解していて、それでお店を選んでいるわけです。

しかし、こと喫茶店は、正に融通無碍、街やお客さん、お店の人や趣味、様々な個性の融合でその雰囲気ってものが形作られていく感じがします。

このお店、たった一回、日曜の午後に入っただけですが、家族連れがまるでファミレスのように昼ごはんを食べていましたし、別のテーブルでは何かのサークルのような中年の集団がやっぱり昼ごはん、ああ、そうだ、今、ファミレスみたいなって書きましたけど、逆で昔は喫茶店が休日の家族のお出かけで結構使われていて、それが30年くらい前からかファミレスに変わっていった、振り返るとそんな気がします。

そう言う意味では、この喫茶店、往時の空気感を今でも味わえる、それがこおお店の個性であると思います。

今書いていて思いましたが、空気感と言う言葉こそ、喫茶店、それぞれをさへする最も適切な感覚ではないか、そんな気がします。

# by michikusajinsei | 2017-11-06 22:06 | 横浜 | Comments(0)

平成29年 神奈川喫茶店逍遥

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実は先週からパソコンが壊れてしまって電車の写真がアップできません。ちよっとお休み。そこで閑話休題、一休みと言えばあの頃の感覚だと喫茶店。

実は日本に戻ってから結構な頻度で喫茶店に行ってます。それも昔ながらの喫茶店ってところです。カフェとかじゃなくて。あ、もちろんカフェ風のところも行きますよ。でも選べるんだったらと言うこと。

しかし気がつくと喫茶店、随分減った気がします。少し前まではどこの駅に降りてもあったのに、今は無い駅もあるのではないでしょうか。

ちなみに、この喫茶店は根岸線の磯子駅のそばのお店です。いそご模型と言うこれまた昭和遺産のような模型店に行ったあと、雨宿りでボーっとしながら雨か小降りになるのを待つために入ったお店です。

# by michikusajinsei | 2017-10-31 22:09 | 横浜 | Comments(0)

昭和60年 郡山駅(その3)

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現在は絶滅してしまった急行列車、それが走っていた当時は車輌そのものも差別化された存在と見ていた。お面は普通電車と変わらないが(それでもシールドビームの小さい前照灯の普通型と比べ、大型前照灯は迫力があった)、2ドアでドア間が長く、バランスの良い寸法の側面。そして特に乗っている時に感じるのは吊革がないことで、それが急行型電車に都市近郊を走る電車とは違う貫禄というものを与えていた。

と言っても東海道は185系という中途半端な車輌があって、さらに急行用の車輌も普通車と同じ湘南色だから、修学旅行塗装の「おくいず」は別にして特別視していなかったのが正直なところ。だから今になると飽きるほど見ているのに殆ど写真に撮っていない。

そこにいくと東北路の急行は、まず普通列車が客車に対し電車、そして塗装が交直流のクリームと小豆の2色塗りわけ。この塗装がエキゾチックで格好良くて、車体は殆ど同じなのに自分の地元を走る急行にはない高級感というものを感じていた。

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とはいえ昭和60年代に入ると急行列車自体も退潮。また客車、特に普通客車列車はそれ以上に退潮して殆どみることはなく、またお金がなくて新造電車もないということでかつての急行型電車が普通運用に入っていた姿である。

そしてこのように塗装を変えられると以前の急行型の特別感がすっかり消えて普段着姿が板についてしまうのが国鉄型電車デザインのよく言えば変幻自在なところか。

まあこの塗装だけなら正直格下げ感がありありとでていて侘しさというものがあったのだが、この時代のこの車輌にはひとついいところがあって、グリーン車が座席を変えずにそのまま外観だけ変更されて普通列車に充当されていたこと。この撮影した列車にそれが連結されていたかどうかは覚えていないが、東北本線の普通電車に乗るときは、いつもこの格下げ車輌が連結されていないかどうか期待しながら待ったものである。

ところで今回、撮った写真を改めて見てみると2枚目の車輌は前照灯と客室窓が改造されてまるっきり通勤電車と同じ外観だ、無残!と思っていたがよく見ると冷房装置が旧型の角張ったタイプ。これはこれで改造車特有の新旧部分が混在している面白みがあるし、それはそれで今見るとその時代の表情というものがそこに現れているようで貴重な姿だ。

ちなみにこの時には原型の塗装も同時に撮影している。

http://anosyaryo.exblog.jp/21002334/

この写真、ただのキオスク写真に過ぎないのにアクセス解析を見ているとコンスタントに閲覧されている。写真としての芸もなく、また急行とか特急のようなストーリーがある優等列車でもない普通運用のこの写真が多少なりとも注目を得られているのは、この交直塗色に魅力を感じる同好の士が思いの外、いるのからなのかもしれない。

# by michikusajinsei | 2017-10-22 08:32 | 東北 | Comments(0)

昭和60年 郡山駅(その2)

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国鉄交流電機と言うと地味な印象があった。いや地味というより軽量級という方が正確か。

一つには交流電機はEF71という例外があるが概ね4軸動輪のいわゆるD型なのでそもそも車体長が短いし動輪が少ないことは当然非力なんだろうな、特に諸元を注目することなく、なんとなく小型で出力が小さい亜幹線用の機関車、そんな風に思っていた。

もっとも、これは6軸動輪のF級電機やEH10のような大型機が往来する東海道筋に育ったという自分自身の偏見で、実際に東北路で見るようになった交流電機はギュッと絞った感じが東海道の直流電機とはまた別の魅力がある。

今の機関車は交流電源をそのまま使えるモーターを使っているのだろうが、当時の機関車のモーターは全て直流使用、だから交流電源の機関車も直流に変換する機械を搭載していたので特に屋根上が賑やか。更にこの写真のED77は暖房発生装置を搭載して車体重量が重いためであるのか、車輌形式は動輪が4軸であるため"ED"でも車体には重量分散のための台車が別にあるので、それが短い車体に似あわない力強さを与えている。

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加えて窓上のひさしとスノウプロウ。前者はツララ切り、後者は雪かき、この二つの北國仕様がさらに深い陰影をその表情に与えている。

ただ格好良いと思ったいちばんの決めては何と言っても塗装。深紅の塗装一色の車体である。

東北の山野は高低差はあまりないが、横にも縦にも大きく広がっていて懐が深いというか北海道の原野とはまた違う自然の果てしなさというものを感じさせる。そのややもすると人々の営みというものを呑み込むような黒々とした森の中、その自然を切り開いて疾走する鉄路の存在感は格別のものがあり、そしてその先代の主役である蒸気機関車がくろがねの馬であるならば、交流電機ももまた別の美称があってしかるべきだろう。

「緋縅の鎧を身に纏ったあらえびす」

メカニックな屋根上と深紅の車体、その精悍さを表現するとすればいささか古風な物言いになるがそんな形容がぴったりするのが東北路の国鉄交流機、そういう風に思っている。


# by michikusajinsei | 2017-10-15 15:45 | 東北 | Comments(0)